第14話 サプライズ返し!

「起立、――礼」


 四時間目終了の号令が終わると、俺は誰に見られる間もなく、教室を飛び出した。廊下側最後列の自席を、今日ほどありがたいと思ったことはない。


 ここは南校舎一階。まずは、早足で北校舎に向かう。


 右手に持つ、コンビニのレジ袋が揺れる。

 今日は、コンビニで弁当と飲み物を買った。今朝は登校時間が早く、母が弁当を用意できなかったのもあるが、理由はそれだけではない。

 昼食後、たとえ小石と時間差をつけたとしても、二人とも弁当袋を提げて教室に帰ったら、クラスメートに怪しまれる可能性が十分にある。なので、教室に帰る途中で、昇降口のゴミ箱に食後のゴミを捨て、手ぶらになるという作戦を考えた。それゆえの、コンビニ弁当だ。


 もちろん、教室に帰る際は『トイレに寄るから、先帰ってて』というセリフで、時間差をつける算段も立ててある。


 

 北校舎の階段に着いた。


 聞こえてきたのは、階段を下りる無数の足音と、にぎやかな声。階段を上り始めると、アルトリコーダーのケースを持った集団とすれ違った。たぶん、音楽の授業が終わった一年生だろう。


 三階は、南校舎が二年生の教室のエリアで、北校舎は音楽室や選択教室など、いわゆる特別教室が集まったエリアだ。ちなみに三階は、南校舎と北校舎が繋がっていない。おそらく校内で、北校舎の屋上階段ほど、かくめしに最適な場所はないだろう。


 もしかしたら、先客がいるだろうか。そのときは、小石とどこか別の場所に移動するか、先客と交渉して、少し離れた所で食べさせてもらおう。


 小石が来てくれるか、先客がいないか、クラスメートにバレないか……いろいろと渦巻きながら、じゃっかん薄暗めの階段を駆け上がっていく。



 屋上階段に着いた。


(よかった、誰もいない)


 階段を上りきった所で、腰を下ろした。

 手のひらで触れた床が、少しひんやりと感じる。これが日当たり良好な南校舎のほうだったら、きっとかなり暑かっただろう。

 レジ袋からお茶のペットボトルを取り出し、喉を潤す。買った当初の清涼感は、すっかり失われていた。


「ふぅ……」


 聞こえるのは、自分のついた一息だけ。まるで、校舎から切り離されているかのような静かな空間で、小石を待つ。



 

 程なくして、その静けさが破られた。

 タン、タン、タン、と階段を上る足音が響く。だんだん大きくなるその音とリンクするように、自分の鼓動も大きくなる。


 やって来たのは――小石だった。


「蓮君だったんだね!」


 弁当袋とペットボトルを後ろ手に持ちながら、俺を見上げる。


「『だったんだね』?」


「手紙。誰からか、わからなかったから」


「あ……そういえば、内容しか書いてなかったな。ごめん」


 小石が階段を上りきり、俺の隣に座ると――ひやり、自分の両頬が急に冷やされた。


「冷たっ!!」


「サプライズ返し!」


 一瞬、氷のような冷たさに驚いた。が、それよりも驚いたのは、俺の頬を冷やしているのが『小石の手のひら』ということだ。

 この状況を理解したとたんに、心拍のリズムが一気に加速した。


「ドキドキした?」 


「……すごく、した……!」


 小石が手のひらを離す。


「じゃあ成功〜」


 ニッと、いたずらっ子のような笑顔が、可愛くて新鮮だ。


「私も、誰がいるのかなって、ドキドキしながら来たんだよ? ……手を冷やしながらね」


 言いながら、ペットボトルをカバーから少し引き抜いて見せた。液体の中に浮かぶ、氷の柱が見える。


「飲む? ただの水だけど。冷たくておいしいよ?」


 これ以上のサプライズ返しは、やめてほしい。


「いつも凍らせて持ってきてるんだ。暑いときは頭とか冷やせるし、便利なの」


 その水は残量からいって、すでに飲まれているものだ。 

 体操着の件といい、回し飲みといい、本当にそういうことをまったく気にしないヤツだ。

『これ、ムクと間接キスだわ〜』――不意に、思い出したくもないヤツが脳裏をよぎった。


(さっきのサプライズで、もうすでに今朝の全苦労が報われてるけど……いいよな? 俺、頑張ったし)


「……飲む」


(変に意識すると、むせるかもしれない。飲み終わるまで、無になれ。無!)


 心の中で自分に言い聞かせながら、小石からペットボトルを受け取った。

 無心で口をつけると、遠慮気味に少しだけ中身を飲んだ。

 冷たい感覚が、喉からすっと体の中を走っていく。

 その心地良さに、もう一口。今度は多めに含んだ。

 そのとき――


 ガチャ。


 背後から響いた、ドアノブの音。

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