彼女は、2.5次元に恋をする。

第12話 オレ、ムクに賭ける

　そして放課後。

「で、ちゃんと返却物は返せた？」

「ああ……」

「そりゃよかったな〜、ムク」

　正面に座る尾瀬がにこり、頬杖（ほおづえ）をつきながらシェイクを飲む。俺もとりあえず注文したが、飲む気がまったく湧（わ）かない。

　ここは、椿高最寄りの駅前、モックというファーストフード店の二階だ。隣の席では、他校の女子高生四人が、にぎやかに話している。

「――尾瀬、おまえ……何をどこまで知ってるんだ？」

　俺は尾瀬を見据（みす）え、今朝聞けなかったことに斬り込んだ。

　尾瀬はにやりと笑うと、手を伸ばし、俺の前髪を右に流した。

（小石が俺の髪をセットしてるところ、か）

「……やめろ」

　言いながらヤツの手を払いのける。

　横目で確認すると、今までにぎやかに話していた女子高生らが、こちらを見ながらひそひそと話しだした。

「あと知ってるのは、ムクが真っ赤になりながら教室の隅で服を脱いだことと――」

「ちょっ！！　声のボリューム落とせ！」

　思わず身を乗り出し、右手でストップをかける。

「ものすごく下手！！！」

「ものすごく情熱を感じた！！！」

　尾瀬は拳（こぶし）を握りながら、むしろボリュームを上げた。そのセリフを言ったときの、俺の声のボリュームまで再現しているのかもしれない。

　隣の席に顔を向けると、女子高生らが、今度は顔を赤らめながら、全員そっぽを向いた。何か、『ものすごく』誤解しているのかもしれない。

「もういい……！　おまえ、いつから覗いてた？」

　俺はいろいろと抉（えぐ）られた胸に手を当て、テーブルに目を落とした。

「まぁ、そんな苦い顔すんなって。オレが覗いてたのは、ムクが机をあさってたときからだよ」

「最初からじゃねーか！！」

　顔を上げて、尾瀬を睨（にら）みつけた。

「来た時点で教室入れよ！　てか、一部始終覗いてんじゃねー！」

「や、だって、なんか楽しいことが起こる予感がして……」

　尾瀬が目をそらし、口ごもる。

「俺のことはいいとして、小石の話も全部聞いてたんだろ！？　プライバシーの侵害だ！」

　顔が熱い。腹が立つ。こいつは今までの人生で、一番腹の立つヤツだ。

「ゴメンて。でもオレ、ムクの応援したくなったんだ。今日もアシストしたつもりなんだけど……まぁいいか」

「は？」

「好きなんでしょ？　小石ちゃんが。ムク、わかりやすすぎだから」

「ぐっ……」

　怒りが動揺とすり替えられた。顔がいっそう熱くなる。

「で、太巻先生は見つかった？」

「……まだだ。漫研の人だろうと思って、明日小石と漫研に行く」

「……なんで、好きな子の好きな人探しなんて手伝うかな？　見つかったら告っちゃうじゃん？　小石ちゃん、太巻先生と付き合っていいの？」

「いいんだ。俺はただ――それまで一つでも多く、あいつのいい顔が見られれば。それに、太巻先生には勝てる気がしないしな」

「じゃあムク、賭けよ？　彼女が誰と付き合うか。負けたほうが勝ったほうの言うことを、なんでも聞くってことで」

「小石で遊ぶな」

「オレ、ムクに賭ける」

「バカか？　それ、おまえが絶対負けるやつだろ。じゃあ乗ってやる、俺は太巻先生だ」

「ムク、太巻先生がもし見つからなかったら、どうする？　そのときは告ってくれる？」

「絶対見つける！」

「あ〜、ムクもバカだわ〜。

　ところで……それ、飲まない？　もらっていい？」

「いや、飲むし」

　俺はシェイクを手に取り、飲んだ。が、すっかりゆるくなってしまい、ひどく甘い。とても飲めず、すぐにテーブルに置いた。

「ははっ、ゴメン。オレが溶けさせた。もったいないからもらうわ。ムクはこれで口直しして？」

　尾瀬はテーブルに五百円玉を置くと、俺のシェイクを手に取り、飲みだした。

「ついでにポテトも買ってきて？　甘党でも、さすがにしょっぱいのが食べたい。Ｌでシェアということで。あ……」

「どうした？」

「これ、ムクと間接キスだわ〜。ははっ」

　隣の席がざわつく。

「だ、か、ら！　そういう発言やめろって！」

　俺は顔を顰（しか）めながら五百円玉を握り、席を離れた。