第10話 もしかして、アンチ尾瀬?

 「はぁ……」


 ため息とともに、リュックから弁当を出す。

 小石に体操着を返すことはおろか、話しかけることさえできないまま、昼休みになってしまった。尾瀬による精神的ダメージも相まって、今日の授業内容は全然頭に入っていない。


 現在の小石はというと――今日も一人、自席で弁当を食べている。一方、その周辺では他の女子が、グループで楽しそうに弁当を食べている。

 小石に話しかけたいのはやまやまだが……もし、体操着の話になったら困る。


(いつも一人で食べて、寂しいだろ)


 小石の席は、窓側の最前列。俺は廊下側の最後列。この距離と角度では、彼女の表情が確認しづらい。

 そこで俺は、机から不要なプリントを探し出した。それを丸めながら、教室前方の扉付近にある、ゴミ箱へ向かう。ゴミを捨てに行きながら、小石の表情をうかがう作戦だ。


 しだいに見えてきた彼女の顔に――俺は、ほっとため息をついた。

 よほどおいしいのだろうか。弁当を見つめる目は生き生きとし、しゃくする彼女の口は、笑んでいる。この、ぼっち飯を『堪能たんのう』している様子からは、寂しさなどじんも感じられなかった。


 その光景に、思わず口元がゆるむ。すると、近くにいた男子グループ――いでしい飯盛いいもりが俺に声をかけてきた。


むく? なんかうれしそうだな」

 八重歯をのぞかせて笑う、小柄でそばかす顔の小出。


「い、いや? そんなことねーよ」


「今日さ、面白そうなソシャゲ見つけたんだ」

 リムレス眼鏡の椎路が、スマホのゲーム画面を見せながら言う。


「飯食べながら、みんなでやろうぜ!」

 縦にも、やや横にも大きい飯盛が、続いて言った。


「あ、ああ!」


「楽しそ〜、オレも混ぜて? 『うまめし』!」


 聞き慣れない『うま飯』という呼び方。俺は気になり、その由来を考え始めた。


「おう、歓迎する。おまえら、椅子と弁当持ってこい」

 小出が言う。何も突っ込まないあたり、その呼ばれ方に慣れているらしい。


 ――小出、椎路を組み合わせて『おいしい』。それに飯盛の『めし』を足して『おいしい飯』、つまり『うまい飯』ということか。

 そんなことより、参戦してきたこの男。


(入ってくんな! 俺の精神をむしばむ、ツーブロック!!)


 自分の眉間に、力が入る。


「あれ? 椋輪、どうした? もしかして……アンチ尾瀬?」

 椎路が怪訝そうに、俺の顔を覗き込む。


「まさか。オレ、ムクと放課後デートする仲だけど?」

 尾瀬が笑って愚答する。


「はは……へいを招く言い方はやめろ」


 なるべく眉間の力を抜いて、自分なりに笑って流した、つもりだ。しかし内心では、『せめてゲーム内で、このツーブロックを叩き潰す!』という野心が、赤黒いもうとなってさかいていた。


***


 昼休み終了のチャイムが鳴る。俺たちのゲームも、今しがた終わったところだ。


「やべー椋輪、強っ!」


「本当に初見プレイかよ?」


「全敗か〜!」


 スマホを手に、『うま飯』が口々に言う。


「ムク、エグかったわ〜」

 苦笑する尾瀬は、椅子を片手に自席へ戻った。


 そう、俺はヤツを散々叩き潰してやった。

 少し晴れた気分でスマホを消し、ズボンのポケットにしまいながら、教室を見渡す。

 クラスメートが皆、五時間目の準備をしている中――小石は『昼読書』中だ。


「もう一戦だけしよ? 椋輪」

 悔しそうに飯盛が言う。


「いや、次プログだし移動しないと」


「ダッシュすれば間に合う!」「俺も」

 小出と椎路が言う。


 そのとき、準備を終えたらしい尾瀬が、教室を出ながら大きな声で言った。


「あ! ムクの攻略法思いついた!」


「ちょっと待て尾瀬!」

 うま飯が口を揃える。そして各自の席で、さっさと授業の準備を始めた。


(俺も早く準備しないと)


 次々と教室を出るクラスメートを横目に、椅子を自席に戻す。俺が机の上に教科書を出し始めたところで、うま飯が尾瀬を追いかけるように教室を出ていった。

 程なく準備を終えた俺は、現状に気付く。


 いつの間にか、すっかり静かになった教室は――


 俺と、まだ読書中の小石だけだ。

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