第5話 蓮君は、そんな人じゃない!

れん君、漫研って……今日活動日なの?」

 階段を上りながら、小石が聞く。


「いや、わからないから美術部に聞いてみる。美術部も、今日活動してるのか知らないけど。

 美術と漫研って描く者同士、繋がってる人がいそうじゃないか?」


「なるほど! さすがだね」




 美術室に着いた。


(今日は活動日のようだな)


 開けっぱなしの入り口から、石膏像せっこうぞうのデッサンをしている生徒が数人見える。みんな黙々もくもくと鉛筆を動かし、なんとも声をかけづらい雰囲気。小石はすっかり緊張したおもちだ。


「大丈夫、俺が話すから」


(フォローするって言ったんだ、行くぞ)


 軽く咳払いをして、第一声を発した。


「あの、デッサン中すみません」


 何人かがこちらを見た。そのうちの一人の女子生徒が、鉛筆を持つ手を止めて、こちらに来てくれた。


「はい、美術部の入部希望者かな?」


「いえ、漫画研究部の活動場所を知りたいんですけど、知ってる人はいませんか?」


「……だってさー。八尾やおさん、聞こえた?」


(八尾?)


「部長、ちょっと待って、今行きます」


 イーゼルの陰から、オレンジブラウンの髪が見える。

 程なく、切りがついたのか


「漫研は、月、水で特別教室――」


 と言いながらこちらに来たのは、やはり知っている女子だった。


「――って、むく君? あんた、漫研に興味があるの?」


「いや、こいつが人を探してて。たぶん漫研の人だと思うんだけど……」


 小石が、俺の後ろからひょっこり顔を出し、一礼した。


「小石……さん?」


「特別教室ってどこだ? 行ったことないんだけど」


「なんだ、同じクラスの子たち?

 なら月曜――あ、海の日か。じゃあ水曜、八尾さんと一緒に行けばいいじゃない」

 部長が言った。


「……え? 八尾って漫研部員でもあるのか?」


 大変失礼だが、俺の中では、漫研部員=オタク=あかけない・えない見た目、のイメージがある。しかし八尾はこの季節でも、校内でダサいと不評の半袖ブラウスではなく、長袖ブラウスの袖をまくって着用している。第一ボタンを外し、リボンを少し下げて着け、スカートは短め。オレンジブラウンの、ふんわりパーマのボブもまた、オシャレ意識の高さを主張している。


 ちなみに今、俺の後ろにいる半袖ブラウスの女子は、第一ボタンまできっちり留めているはずだ。と言うのは、リボンの結び目で隠れて、第一ボタンが見えないからだ。スカートの丈は膝下。髪は軽めの黒色で、ちょんぼりポニテだ。


「部長! おなクラの人に、漫研ってバレたくないって、言ったでしょ……!?」


 みるみると鬼のぎょうそうになった八尾が、部長をにらみだした。


「あ……ごめん、八尾さん……」

 部長がいかにも『しまった』という顔で固まる。


「八尾が漫研だって知られたくないなら俺、誰にも言わないから。怒るなよ」


「あんた、あたしがオタクでキモいって、バカにしてんでしょ!?」


「は? んなこと、一言も言ってないだろ?」


 確かに自分の中のイメージは、漫研部員=オタクだ。しかし、オタクを決してキモいともバカとも思っていない。言いがかりをつけた上に、勝手にキレないでもらいたい。


「…………っ、蓮君は、そんな人じゃない!」


 いきなり小石が、八尾に立ちはだかるように、俺の前に出た。


 そして、なんと――『あのノート』を八尾に見せつけている。


 が、八尾とは目を合わせられないようだ。視線は、明後日のほうを向いている。


「この絵、『ものすごく、じゃっ……、じゅ、じょっ、情熱を感じた!!!』って言ってくれたの!」


 噛んだ。その声は上ずっている。どうやら人見知りが発動しているようだ。自分のセリフを暴露された恥ずかしさで、俺も余裕が吹っ飛んだ。


「え……? ……ご、ごめん、これ、なんの絵?」


 キレていた八尾が、一気に動揺気味だ。


「あ、これ、『寺子屋名探偵』、の『太巻おおまき先生』、だって……」

 俺がしどろもどろに答えた。八尾が、じろじろと絵を見る。


「――た、確かに……。じょ、情熱は、感じる、かも……」


 あまりに下手すぎて具合が悪くなったのか。八尾の額に、あぶらあせおぼしきものがにじんでいる。


「よかったら…………コレ…………使って?」

 

 小石がスカートのポケットから、ハンカチを取り出した。

 よく見ると、これまた、指差しポーズを決めた太巻先生がプリントされている。

 八尾はそれを受け取ると、しばし太巻先生を黙って見つめ、つぶやいた。


「情熱か……私も言われたかったわ」


 八尾が、ふう、とため息をつく。


「……わかった。来週水曜、漫研に案内する。

 でもこれ以上、あたしがクラスメートに漫研バレしないように、細心の注意を払うこと! いい?」


「う、うんっ! あっ、ありがとう、八尾さん!」


「ありがとう」

 小石に続き、俺も言う。


「じゃ、二人とも。また来週」


「ああ、邪魔して悪かったな、八尾」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る