第3話 てか、『好き』って、『推し』ってやつ?

「これ『寺子屋』の『太巻先生』!? 男かよ!」


『寺子屋名探偵』とは、主人公の『太巻』という寺子屋の先生が、抜群の推理力でいろいろな事件を解決していく、という時代物ミステリーアニメだ。


「ちょっと待て、この袴の位置とか……」


「え?」


「胴が短すぎだ! 卒業式の袴女子かと思うだろ」


 俺は、太巻先生の胴を指差しながら指摘した。絵の真相による動揺で、別件の動揺がだんだん引いてきた。


「……あ、確かに。アドバイスありがとう!」


 素直だ。


「てか、『好き』って、『し』ってやつ?」


「えっと、アニメの太巻先生が、私の初恋の人。

 で、去年椿高で会った太巻先生が、今……私の…………好きな人なの」


 伏し目がちに、はにかんだ表情。その眩さと、発言の意味のわからなさが、脳内でせめぎ合う。


「蓮君は去年の夏休み、椿高の学校説明会、行った?」


「……行ってない」


「私ね、その日、太巻先生に助けてもらったんだ」


 即座に質問したいところだが、ここは黙って聞こう。


「私、その日張り切って、受付時間より三十分以上前に椿高に到着したの。

 そのとき、なんか違和感あるなって思ってたら、初めての生理が来ちゃってて。生理用品持ってないし、保健室も開いてないし……で、おろおろしてたら、たまたま太巻先生が通りかかってね――」


(こいつ、アニメキャラが初恋とか、生理とか……ちゅうちょなく話すんだな)


「それがもう、本っっ当に太巻先生なの!! 着物も髪も顔も、肌の浅黒さも、背丈も、話し方まで!

 でね、その太巻先生がいろいろと察してくれて、安心ドラストで生理用品をつくろってきてくれたの」


 安心ドラストは椿高のすぐそばにある、二十四時間営業のドラッグストアだ。


「さらに、どこから持ってきてくれたのか謎なんだけど、私の中学のスカートまで用意してくれて。トイレで着替えて、無事、説明会に参加できたんだ」


(神対応がすぎるぞ、太巻先生! てか、機転利きすぎて怖ぇーよ、制服のスカートなんてどこから持ってきたんだよ?)


「でも、私がトイレから出たら、太巻先生いなくなってたの。生理用品代返してないのに。 

 だから説明会の後、校内を必死に探し回って、見つけたときは椿高の制服姿だったんだけど――」


「在校生だったんだ。コスプレオフ姿で、その人だってわかったのか?」


「ううん、カラコンとか髪は、そのままだったから。

 でね、そのとき私、財布見たら全然お金がなかったの。そしたら先生、なんて言ったと思う?」


「後日でいいって?」


「『入学したら、返しにおいで』って。しかも、シーズン二十九、第十三話の笑顔で!」


(知らねぇよ……)


「その日から私、もう、その太巻先生の笑顔で頭がいっぱいで……!

 中学で友達に話したら、『輝も〝2次元〟じゃなくて、ついに〝3次元〟に恋したんだね!』って。ふふふっ……」


(いや、『2・5次元』だろ? それ。てか、中学では友達いたんだな)


「でもね、太巻先生に、返金とお礼と……告白もしたいんだけど、全然会えなくて。

 蓮君、会ったことない?」


「ない」


 きっと太巻先生は漫研の人で、部活動としてコスプレをしていたのだろう。あいにく俺は、SHRショートホームルーム終了とともに下校する帰宅部だから、放課後に部活動をしている人に出くわす機会がない。


「小石は、もう漫研訪ねた?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る