第1章

第1話 おまえ、何してんの?

 辺りが白っぽくなるほどの、激しい雨。

 雷光と、少し遅れての雷鳴のセットが、何度も繰り返す。

 始まりは、そんな放課後だった。


 国際通話、高額エロサイト閲覧、SNSなりすまし……

 良からぬ想像が、頭の中でぐるぐると回る。


(なんで、こういう日に限って忘れんだよ! 俺!!)


 ○○県立椿つばきざと高等学校――心の中で何度も自分を責めながら、やっと自校に着いた。

 昇降口前に自転車をあまざらしで止め、走る。

 まるで役立たずのレインコートを、傘立ての上に脱ぎ捨てる。

 湿った靴下のまま、足を上履きにねじ込んで、また走りだす。



 一年七組、廊下側最後列の机。目的地に着くやいなや、その中を確認する。


(あった、俺のスマホ!!)


 通話履歴、ネットの閲覧履歴、異常なし。SNS、異常なし。不審な操作はないようだ。


(よかった、盗難も悪用もされなくて)


 ほっと、安堵のため息が漏れる。


(……さて、雨が弱まるまで待つか? いや、もはやズブ濡れだし、今帰るか。

 このスマホ、防水だし。雷もまだ遠そうだし……)


 そう思った矢先、薄暗い教室が一瞬明るくなり、直後に大きな雷鳴が響いた。

 雷が近くなっている。

 教室の窓に目を向ける。

 瞬間、思いがけない光景に目を見開いた。

 


 窓側最前列の席に、勉強をしている女子がいる。



 スマホのことで頭がいっぱいだったし、教室の電気もついていなかったので、まったく気付かなかった。


 そいつの名前は、いしてる

 入学式で、新入生代表の挨拶をしていた。

 椿里高校――略して椿高つばこうでは、新入生代表=入試の成績トップの生徒、だ。例年は特進科の生徒で、俺ら商業科の生徒だったのは十数年ぶり、という噂だった。


(放課後も教室に残って勉強か……やっぱり新入生代表は違うな。こいつ、休み時間も読書してるっぽいし、群れたりしないよな)


 かく言う自分も、さほど群れるタイプではない。が、クラスのヤツとは、程よい距離感で孤立せず、それなりにうまくやっている。

 だが、小石が誰かと話したり、楽しそうにしているところは、一度も見たことがない。



『孤高の優等生』って感じだ。



 ところで、どうしたものか……この状況。

 もちろん、小石と話したことは、一度もない。しかし、遭遇したのに何も話しかけないのも、なんだか気まずい。

 もっとも彼女は、俺の存在に気付いてなさそうだが。


(まあ、今後のスムーズな人間関係のためにも、一言くらい話しかけておくか)


「おまえ、何してんの?」


 自席から一番遠い席へ、声を投げてみた。

 が、まるで反応なし。ここで引き下がるのも、なんだかモヤっとする。

 俺はおもむろに、彼女の席へ足を向けた。


 ふと、かすかな物音が耳に入ってくる。

 それは近づくにつれ、『シャッ、シャッ』と、徐々にはっきり聞こえてきた。

 これは、シャープペンを走らせる音だ。しかし、こんな音が出るシャープペンの運びは、文字を書くものではない。

 足が速まる。不可解さが、背中をぐいぐいと押してくる。

 俺は小石の背後から、そっと机の上をのぞんだ。


 広げられたノートには、着物姿の人らしき――

 ものすごく下手!!! な絵が、現在進行形で描かれている。


(!?)


 俺は困惑しつつも、もう一度声をかけた。


「おまえ、何してんの……?」


 彼女は手を――止めず、こちらを向きもしない。


(無視してるのか?)


 少しムキになり、今度は小石の肩を軽く叩きながら、声をかけた。


「小石、何してんの!?」

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