第9話 Yuko becomes a gust of wind

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。二人とも同じタイミングで、ゆっくりと離れた。



無言。



 しかし、今度の無言は先ほどとは全く違っていた。照れくさくムズムズとして雰囲気である。


 ……というか、だいぶ恥ずかしい。私は何やっていたんだ。


 急に声をかけて、話を聞いていたと思ったら、無言で抱きしめる。不審者か私は。


 あー、なんだろう。なにやってしまったんだろう。青春してしまった。




 七宮君の方を見てみる。彼も彼でなんか恥ずかしがっている。いや、それはそうか。


 親しくもないクラスメイトに我慢していた本心を話しちゃって、泣いて、私に抱き着いてしまったのだ、何とも言えない恥ずかしさはあるだろう。


 大丈夫、安心して欲しい。私はクラスの他の人には言わないから。


 七宮君は軽く頭を掻きながら、


「いや、なんか色々と恥ずかしい事いっちゃった。あー、なんというか、ごめんね。 いや、ありがとう。なんだかすっきりしたよ。それじゃ、また来週学校で」


 彼は少し赤くなった顔を隠すように私に背を向けた。



 ……いや、待って。いい雰囲気ではあるけど、まだ話は終わっていない。というか、勝手に終わらせないで欲しい。


 私はまた彼を呼び止めた。振り返り、さすがに少しびっくりしたようで私の顔を見た。


 七宮君の話を聞いていた中で、私は一つ決めたことがある。それを絶対に成し遂げたいから、彼を呼び止めた。


 私の決意を七宮君に話す。その時に見た彼の顔は今日一番のビックリ顔だった。彼は驚きと怪訝な顔で私に問いかけた。






「えっと、瀬戸さん、本気で言っているの? 『うちの両親と話がしたい』って?」






 彼は困惑しながらも続けた。


「確かに、色々と話してしまったけど、私と瀬戸さんって正直今日話したばかりだよね。心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにそれはちょっとお節介じゃない? なんでそんなに私にこだわるの?」


 このお願いをする直前に私も同じ事を考えていた。


 なぜこんなにも七宮君の事が気になるのか。どうして彼のプライベートまで踏み入りたいのか。胸の中で熱く強く膨れ上がる思いはなんなのか。


 私は七宮君を抱きしめた時に気が付いた。これは私の人生を賭けた使命なんだ。


 なぜ七宮君なのか。なぜこのタイミングなのか。なぜ使命と分かるのか。


 自分自身にも全然わからない事ばかりだけど、一つはっきりと確信していることがある。


 私は、今、この瞬間に、彼を助けるために生まれた事を。だから私は止まらない。止まれない。


 このやり方が正しいのか分からないし、上手くいかない可能性の方が高そう。けれど、この気持ちだけは真剣で本気である。


 私は自分のすべてを伝えた。したいことも。なぜか分からないことも。でも止まらないことも。説明も理路整然となんかしていないし、途中気持ちが高まって少し涙が出てしまったけど、全部伝えた。


 話を全部聞いてくれた七宮君は目を閉じて腕を組み何かを考えていた。


 そして、ゆっくりと目と組んでいた腕をを開いた。


「うん、良く分からないことだらけだし、瀬戸さんの言っている使命っていうのも正直全く理解できないし、まだ瀬戸さん自身のことも私はよく分からない。本当によく分からない」


 出てきたのは困惑と理解できないという率直な感想。それもそうだろう、当然だ。……私は一人で先走って失敗してしまった。



 しかし、七宮君の言葉はそこで終わらなかった。


「でも、今の話をしている時の瀬戸さんは本心で言ってくれているようだった。瀬戸さん自身も自分の事を分からないって言っていることも本当だと思う。それに私のことを知ってもここまで踏み込んできた人なんていなかった。私に避けられるかもしれないのに、気にせず直球でぶつかってきて。やっぱり、瀬戸さんみたいな人は今まで会ったことないや」


 七宮君は小さく優しく笑った。それはクラスの、学校の誰にも見せていなかった笑顔のように感じた。


「うん、いいよ。うちの両親に会っていいよ。どうなるのかとか、どうしたいのか分からないけど、瀬戸さんにお願いしたくなった。……いや、違うな。ごめん、ちゃんと瀬戸さんを信じてお願いする」


 彼は深呼吸をして、こちらの目をしっかりと見た。


「どうか私を助けてください。私はすごく苦しいし、困っています。情けないし恥ずかしいけど、私は助けて欲しいし、瀬戸さんに助けて欲しいです。瀬戸さんを選んだのは私です。どうか私のことを助けてください」



 その瞬間、かちりと私の中の"何か"がはまった事を確信した。それは、パズルのラストピースのような、外れていた核となる歯車のような、厳重に閉ざされていた扉のロックを開ける鍵を回す時のような。


 意識をしていなかったけど、もしかすると今までの私は不完全なものだったのかもしれない。 


 いや違う。今、この瞬間に私はこの世界に生まれてきたんだ。


 体は燃えるように熱いし、心臓がバクバクと跳ねて体から飛び出してしまいそう。足は何千、何万メートルでも走れそうで、空すらも飛べそうだ。


 じっとなんてしていられない。高揚感が溢れて、七宮君のためにならなんでもできる。その気持ちがおさまらない。


 ううん、そんなたくさんの言葉はいらない。もっと単純だ。


 私は七宮君のために動けることがすごく嬉しいんだ。


 私は私の全てを燃やして人生の使命を果たす!



 善は急げ。鉄は熱いうちに打て。私は七宮君の手を取って走り出した。


 朝のジョギングをずっと続けてきて良かった。七宮君の手をしっかり掴んで連れていける体があって良かった。今日、声をかけて良かった。


 今日、家に帰ったらお母さんとお父さんに健康に生んでくれて育ててくれたことに感謝しよう。大きな鼻息一つ、気合を入れなおした。


 よしっ、大丈夫、私に任せて。今の私は無敵で最強だ。


 私は一陣の風になる。





「……って、瀬戸さん! 私の家は反対方向!逆!逆!」


 急に手を取られ、走りだした私に引っ張られている七宮君の叫びが町中に響き渡った。

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