第8話 今回に限りテレパシーは伝わります

「だからこの格好は罪滅ぼしなんだ」


 その一言を聞いた瞬間、私はこの世界から色が消えたような錯覚を感じた。……もしかしたら七宮君はこんな風に世界が見えているのかな。


 そこで七宮君はいつもクラスで見せるような表情に戻った。


「あ、その時にさ、一人称も変えることにしたんだ。元々は『俺』っていう風に言っていたんだけど、女装姿では『私』ってした方が合うし、親もきっとそっちの方がいいと思うだろうってさ」


 一気に話をした七宮君は、こちらの瞳をその重くつらそうな瞳で見据えた。


 ここまで言ったらといった雰囲気で彼は顛末まで話した。


「こっちの学校に転校するときにさ、さすがに学校は女装できないかなと思ったんだよね。でも、転入前にお父さんとお母さんと三人で学校に挨拶にきた時に、お母さんが、 『この子にはどうして女子制服を着させたいんです!』って校長先生に直談判したんだよね。先生も驚いていて私も驚いてお父さんの顔をみたんだけど、お父さんも知っていたのかしっかり先生達に頭を下げていた。なんでそんな事を言っているのか、私には分からなかった。ただ、お母さんが真剣に言っているのだけは分かった。……うん、本当になんでそんな事を言ったんだろうね」


 何か言いたそうで、でも言ってはいけないを秘めているような歯切れの悪いことばで、一旦言葉を切る。


「まぁ、普通であれば、そんな願いは許可されないと思う。でもその時も私は女の子の服で学校に行ってて、先生達も私の格好と私の顔を見て、お母さんの真剣さを間近で聞いていた。だいぶざわついたんだけど、深く問われずに女子用の制服を着ても良いとお許しが出た。昨今は性別や気持ちの問題とかで色々複雑らしく、何かを勝手に察して、私の見た目も影響して大事にしないように許可が下りたみたい。それで、女子制服を着た男子生徒の出来上がり。これが私の今までの話」




 話しきった七宮君あ少しスッキリしているようだったが、少し怯えているような目でもあった。


 最初はなぜそんな目をしているかが分からなかったが、とある既視感と共になぜそう見えたのか気が付いた。


 これは悪いことをした時のうちの犬の目に似ている。ついつい勢いでいたずらしてしまってお母さんに怒られるのが分かっている時の目だ。


 おそらく彼も勢いで言ってしまったのだろう、だから急に怖くなってしまったのだろう。


 いきなり気持ちをぶつけて、嫌われたり引かれたり、挙句の果てには他の人にもばらされて噂されることに。


 私の経験でしかないけど、そういう経験のある人はある程度人から嫌われることにも慣れる。でも、その痛みも知っているから、そのケガをすることを恐れる。


 そんな感じを彼から受け取った。


 私はおもむろに大股一歩の距離を埋めた。私と七宮君との間にできていた距離を。




 そうして、ぎゅっと七宮君を抱きしめた。




 一瞬、私の腕の中で小さく跳ねた七宮君。



 無言。



 何か言ってあげたいけれど、何か良い言葉が浮かんでこない。この状況で言葉が出てこない自分の人生経験の少なさを今ほど後悔したことはないと思う。


 だから、その代わり、しっかりと私のできる範囲で強く抱きしめた。


 私の気持ちを込めて。


 あなたの心に直接届くように、強く強く願って。




“ねぇ、聞こえてる、七宮君? つらいよね。寂しいよね。苦しいよね。あなたの気持ちを全ては理解できてはいないけれど、あなたが苦しんでいる姿を見ると私も苦しくなるよ。たぶんあなたはすごく真面目で優しくて人に嫌われるのがとても嫌いな人。自分に自信がないから、自分を大切にしてくれる人を疑ってしまう。怖いんだよね。人を信じて裏切られるかもしれないって思っちゃうんだよね。大丈夫だよ、あなたのお父さんとお母さんは本当に心からあなたの幸せを願っているし、愛しているよ。だからお願い。一歩あなたから近づいてみて。あなたが大切に思っている二人のもとへ。あなたを大切にしている二人のもとへ。大丈夫、あなたが傷ついて中々足を踏み出せないことを私は知っているよ。だから、一緒に手をつないでゆっくり歩き出そう。何があっても私はあなたのそばにいるから”



 抱きしめていた七宮君の目からは涙がポロリポロリとこぼれて落ちててきている。


「なんだかわからないけど、すごく暖かい暖かい」


 ぎゅっと七宮君からも抱きしめ返された。


 彼からの抱きしめる力はそんなに強くないのに、絶対に離さないという強い意志を感じた。

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