第7話 愛する人望むことならば、私は可愛い女の子になる

 ゆっくりとその情景が形作られていき、私の目にハッキリと浮かんできた。




 それは七宮君が転校日から。


 なぜだかその日から、私は彼を目で追うことがあった。なぜだか、それは日に日に回数が増えていった。


 ……そもそもなぜ追っていたかという話はおいておくとしよう。


 その日常の中で、彼とクラスメイトがしている会話が耳に入ってきた時があった。本当に何気ない会話だったのだろう。


 ふいに、そのクラスメイトからどういう風な制服が好きと聞かれた彼はこう答えた。



「学ラン、……あー、いや、黒系のが好きかな」



 私の頭の中でノイズが走る。違和感があった。どこかで感じた違和感。それは色々出来事とつながっていく。


 転校当日の最初の挨拶。


 自分自身に関する話。


 話の受け流し方。


 学生服の会話。


 私が見たこと。


 私が聞いたこと。


 私が感じたこと。



 それらがゆっくりと混じりあう。


 コーヒーとミルクのように。


 黒と白。


 男の子と女の子。


 好きと嫌い。



 ……つながった。




 私は七宮君本人が『女子制服のことを好き』といったことを聞いたことはない。転校初日の挨拶も。友達との普段の雑談も。





 つまり、七宮君は本当に女子制服がすきなのだろうかという疑問。



***



 七宮君は私の理由を聞いて、なんだか力が抜けたように見える。


「瀬戸さんは本当にすごいや。良く気が付いたね。私が別に女子の制服が好きでもないことを。もしかして女子高生探偵?」


 それから最初はゆっくりと、そして段々早口で七宮君は語り始めた。


「うん、瀬戸さんが思っていたように、私は女子の制服なんて興味ないよ。こんな見た目で生まれてきたけれど、体は男で、心も男。初恋の相手は女子だし、男に惚れたことなんてない。美容にも本当は興味は無いし、少年向けの雑誌が大好きだ。バトル漫画が好きだよ」


 力を貯めるように一度しっかり呼吸をする七宮君。


「じゃあなんで女子の制服を着ているかって? それは罪滅ぼしだよ。理解できないかもしれないけど、本人の意思なんて関係なく、理由が分からなくても望まれることをしないといけないことがあるんだよ。それを望む人が自分の愛するの親であればなおさら」


 私の目をしっかり見ていた七宮君は急に目を伏せる。


「だからこうしていることに選択肢なんてないんだ。あ、でも勘違いしないで欲しいんだけど、お父さんとお母さんにはこうやってちゃんと育ててもらっているし、私のことを本当に心から愛してくれているよ。それにお父さんとお母さん達自身もお互いのことをすごく大切にしているし、愛している素敵な人達なんだよ。だから、私はその親に対して罪滅ぼしをしないといけないんだ」


 その話し方はまるで他人のことを話すようであった。


「……私が小さい頃からのお母さんの口ぐせなんだけど」


 そう言って、なぜか七宮君は別の話始める。


 七宮君のお父さんって昔はすごく貧乏だったようで、それでも人の命を救うお仕事をしたいと思い、だいぶ無茶して目当ての大学に入学したそうだ。そして、最後はちゃんと目指していた人の命を救う病院のお仕事につけたらしい。


 お二人が出会ったのもその病院で、不器用だけど一生懸命誰かのために必死で頑張るお父さんを見ていたら、応援したくなり、気がついたら好きになって、一緒にずっといたいなって思っていたら、結婚していたらしい。七宮君のお母さんはお父さんのそんな芯の強い部分も尊敬していて大好きであるとも。


 そして七宮君のお母さんは"私の数少ない自慢の一つ"として七宮君に何度もこの話をしているらしい。


 苦笑いしながら親の惚気なんて子どもは聞きたくないよねと言ってくる七宮君。


「それで、実はさ、昔、私は体が結構弱くてよく入院してたんだ。その時にお父さんもお母さんも私と一緒にいてくれる時間を作るために、大好きだった仕事を辞めたんだ。私の病院にできるだけ長く入れるようにと何かあればにすぐに駆け付けられるように家まで変えてさ、寄り添ってくれたんだよ」


 その言葉の中には強い悲しみと後悔が込められている。


「こんな私のせいで二人の大事なものとか誇りにしていたものとか色々なものを捨てさせてしまって、振り回してしまって、でも私は何もできないのにさ。本当に大変な時期は、二人とも結構瘦せたりしちゃってさ、私からみたらその二人の方が重症だったよ。私に心配をかけないように元気そうに振舞っているけど、だんだん会話も少なくなってさ」


 クラスで見たことが無かった七宮君の強い感情。


「でもなんとか無事乗り越えて、見ての通り私は元気になって今みたいに普通の暮らしができている。お父さんとお母さんにはすごく感謝しているし、こんないい人達は世界に他にいないと思っている」


 すごく誇らしげに語る七宮君。しかし急に顔に影を落とす。


「でも、そんな環境だった私の気持ちわかる? こんなに素敵な人たちから夢と誇りを奪っちゃったの。しかも今まで一度も私には夢を捨てたことが辛いとか悔しいとかも言わずに、ただただ心にしまっているの。文句の一つも言わないんだよ」


 言葉とともに、重くて壊れそうな想いが伝わってくる。そうして、彼は短く呼吸したあとに少し遠い目をした。


「ねぇ、どうすれば私はあの二人からもらったものを返せるの? あの二人の希望や時間や努力や夢を壊してしまった償いはどうすればいいの? 結局ちょっと前まではさ、ずっとそのことを考えていて頭がおかしくなりそうだった。いや、おかしくなっていたかも。いつも二人にバレないように部屋で泣いていた。自分のせいで愛する人達を苦しめていたことに。自分が原因なのにね」


 彼の瞳には深い悲しみが宿っているように見えた。辛く痛々しい彼の魂の叫びは続いた。


「そうして私は自暴自棄になったんだ。変な風に自分で髪を切ったり染めたり、物に当たって壊したり、ずっと部屋に引きこもったりしたり、ピアスを開けたりもした。その一環で、女装もしてみた」


 七宮君は髪で隠れていた耳たぶを見せてくれた。わずかに穴が開いていた跡が残っているのが見えた。


「髪やピアスや引きこもった時は、両親は心配そうな顔をしていたけど、女装の時は違ったんだ。私に可愛いと褒めてくれたんだ、笑顔で。なんだか不思議な気分だったし、親から褒められることにすごい喜びを感じたんだよね。本当に久しぶりだったんだ」


 その目にはどのようが気持ちが渦巻いているか私には分からなかった。


「そこで、ああ、この方法であれば私は罪を償えるんだと気づいた。それから毎日女装をして、メイクとかコスメとかも勉強した。頑張って努力する私をもっと褒めてくれた両親。私にたくさんの可愛い服を用意してくれた両親。私が入院する前の笑顔を取り戻してくれた両親。正直、前まではこんな女の子のような顔をがとても嫌いだった。でも大切な人を喜ばせられるなら、それだけでいい。むしろ感謝したよ。なぜだか分からないけど両親がこういう格好をして喜ぶのなら、そうして欲しいと望むなら、私はそういう格好をする。そう決めたんだ」


 何かに縋るような声でつぶやく。




「だからこの格好は罪滅ぼしなんだ」

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