第6話 高校探偵 瀬戸優子
それはその金曜日のこと。いつもと同じ学校からの帰り道で、私は七宮君を見つけた。普段の私であれば、軽くお辞儀をしてそのまま帰路につくだけ。
ただその日のそのタイミングは最悪だった。
溜まりに溜まっていた重たくドロッとしたモヤモヤのカタマリがあふれ出す寸前の状態だった。
人間というものは不思議である。何かを許可されるとやる気を失い、禁止されると破りたくなる。カリギュラ効果だったであろうか。
一人で道の先を歩いている七宮君。私は逡巡した後、少し上ずった声で彼の名前を呼ぶ。
私の声に反応して足を止め、振り返る彼。私は大股一歩で届きそうな距離まで彼に近づいた。
しかし、声をかけ近づいてから、私はハッと気が付いた。
同じクラスとはいえ、私のことを知らないのではないのだろうか。というか、今まで直接話をしたことはない。
どうしよう、まずは経緯の説明が必要か、いや自己紹介が先か、でも何て言えばいいのか、と混乱している私を見た七宮君。
「同じクラスの人だよね。七宮朝姫です。たぶんだけど、初めて話すよね」
あのみんなに向けている人懐っこい暖かい笑顔で話しかけてきてくれた。
その瞬間、私は今まで感じたことのない不思議な衝撃を胸に感じて言葉を失う。一瞬心臓が止まったような、息をすることさえできない感じ。
わずかな時間であるはずだが、だいぶ長い時間ぼーっとして気がした。
なんだろう、これ。この気持ち。
ふと、近くで車が通る音がした。急に意識が戻ってくる。
あっ、なにをしていたんだ、私は。言いたいこを忘れかけたが、なんとか辛うじて手放さずにすんだ。
七宮君を正面に見据え、まずは一呼吸して、同じクラスであることと自分の名前をつげ告げた。
出来れば当たり障りのない雑談から徐々に私のモヤモヤに話をつなげたかったが、さっきの胸への衝撃や緊張で内容が飛んでしまいそうでそれどころではない。
というか、そんな気の利いた話の運び方などわからないから素直に聞くしかない。
私はずっと私の中で巣食っていたたった一つの質問を彼に尋ねた。
『なぜ男子の七宮君が女子の制服を着ているのか』を。
尋ねた瞬間、彼の目が一瞬驚いたように見開かれたたが、すぐに通常通りに戻った。そうしてすごく申し訳なさそうに、こう返答してきた。
「あ、ごめんね。そうだよね、男子が女子の制服着るのなんて変で、嫌な思いをさせてしまってたよね。一応学校にもちゃんと許可は取れているんだけど、瀬戸さんみたいにあまりいい気分じゃない人もいるよね」
それは本当に強く申し訳なく感じている人の声だった。
「できるだけ迷惑をかけないようにするからこれからクラスメイトとして少しずつでも仲良くなれたらうれしいな。どうかな」
なぜだろう。
七宮君にそういわれるだけで私は心から嬉しくなって、こちらこそどうぞよろしくお願いしますと深々としたお辞儀でお礼したくなったが心の中だけで踏みとどまった。
どうしたんだろう、私。
そんな自身の慌てている内面は見せないよう表面上は何もなかったように、嫌な思いなんかしていないことを告げた。
ただ、私が聞きたかったことが聞けなかったから、もう一度同じ質問をした。その女子用の制服を着ている理由を聞いている旨をちゃんと付け加えて。
七宮君はさっき以上に大きく目を見開いて、私の方を見た。
「すごいよね、瀬戸さんは。普通こういう伝え方をしたら、聞きづらいと思って質問をやめるか、勝手に何かの解釈を当てはめて好き勝手に納得すると思うよ」
七宮君は何かを感じたのか、クラスで聞いている時とは少し違う口調で言った。
「あ、いや、嫌味を言いたいわけじゃなくて、純粋にすごいなと思って。今まで私が会ってきた人とは全然違う独特なタイプだな。もしかして周りからもそう言われたりしない?」
『全然違う独特なタイプ』
私自身は人とはズレている感覚はない。ごく平凡な過程で育ち、ごく平凡な女子高生である。そんな私はこの世の多くの人とだいたい同じだと思っている。
つまり、私は平凡で普通。私はそう信じている。
そんな私を指して、『全然違う独特なタイプ』と言われるとなんだか不思議な感じだ。おそらく今までは七宮君の周りには面白い人で溢れかえっていたのだろう。
七宮君は質問に答える前に私に問いかけてきた。
「ねぇ、なんでそんなことが気になるの? 『変わっている人がいるなぁ』とかで済まさなかったの?」
私は七宮君の目を見て、その理由を答える。と同時に、なんでそう思ったかという情景が脳内に浮かんだ。
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