第3話 瀬戸優子は好きなものに出会いたい
その日はいつものようにやや曇りで、過ごしやすいというよりは少し肌寒いような日だった。
この時期は朝と夜の寒暖差が激しいので、気を抜くと体調を崩しやすいからあまり好きではない。しっかりと晴れが続くような地域に住みたかったなといつもの愚痴。
こんな感じで月曜日はなにかと理由をつけて学校に行きたくなくなる。そんなささいな抵抗は時間を失うだけだと最近気づけた私、瀬戸優子は、手早く準備を整えて家を出る。
色々考えるけど意外と家を出ればへっちゃらなことは多い。
教室について自席に座る。席が近い小学校からの友達、あーちゃんに朝の挨拶をした。この、朝にあーちゃんへ挨拶することが私の大切なルーティンの一つだ。
ふと、クラスに違和感を感じる。なんだか今日はクラスのみんながそわそわしているように見える。
自分の鞄を片づけ終えた後、あーちゃんに聞いてみた。
「ああ、今日うちのクラスに転校生が来るらしいよ。知ってた? なんか男子が先生達の立ち話を聞いたらしいよ。楽しみだね」
あーちゃんは話を続けて私に尋ねる。
「やっぱり優子ちゃんも気になる? ねぇねぇ、女子が良い? 男子が良い?」
この手の話が大好きなあーちゃん。ちょっと煩わしく感じる時もあるけれど、今は別にミニテスト用の勉強は必要はないし、話に付き合うとする。
まだ見たことのない、しかしこれからすぐに会う新たなクラスメイトをイメージしてみる。女子でも男子でも自分に合う人だと嬉しいし、合わない人であればほど良い距離感を持つようにする。
つまりいつも通り、それだけだ。
だから、私は正直にどちらでも良いと伝えたが、あーちゃんは不満そうである。
もちろんどちらかが正解というわけではないが、話が盛り上がるような回答を期待していたのだろう。残念ながらその期待には応えられないので、流れを変えるべくあーちゃんに同じ質問を聞き返す。
「んー、やっぱり私は女子がいいかな。出来れば同じ趣味とか持ってて一緒に遊べたりしたら嬉しいかも。絶対にないだろうけど、推しが被ってたら良くない? その時は、優子ちゃんも一緒にうちらと推そうよ!」
あーちゃんはイケメンアイドルが好きで、新曲のMVが出たり、推しがドラマに出ることが決まったり、なにかあるたび私に毎回報告してきてくれる。そのおかげで、アイドルグループのメンバーの名前を結構覚えてしまった。
そんなあーちゃんのエネルギーに私は圧倒されっぱなした。
……いつも思うけれど、その推しに対する熱量が羨ましい。
すぐに色々なものを好きになるあーちゃんは好きになっている間は、間違いなく本気だ。貯めたバイト代を何のためらいもなく使い切ってしまう姿を見て、ああっもったいないと思う反面、そんなに好きなものを見つけられるなんて本当に羨ましいと感じてしまう。
彼女が何かにハマっている時は、好き好きオーラが出てきて周りにいるとはっきりと分かる。
つまり、とてつもなく可愛くなる。
そんなところも私と違って女の子っぽくて可愛いし、意味がないのに自分と比べてしまう。
もちろん私も何かを好きになったり、興味を持っていることもある。ただ、それのために自分の大事な時間を削りたくないし、お金もかけたくない。
好きな時にちょっとだけできて、お金がかからないものこそ一番良いのだと強く思っているし、それが世間一般の常識だと思っている。親もそうだし。だから何かに本気で熱中している彼女を羨ましいと思う時がある。
だからこそ、そんな私が考え方も変えて熱中できるもの、人生を賭けれるものが出てくればと切に願っている。
そうこうしているうちに、担任が教室に入ってきた。一通りの挨拶をすました後、改まった表情で切り出した。
「えー、このクラスに新しい生徒が増えます。もしかして何かを聞いてる人もいるかもしれませんが。もうすでにこの教室の扉まで来ています」
そこまで言って教室の教壇側の扉に目線を向けた。先生は一呼吸してから続けた。
「名前は七宮朝姫という"男子生徒"になります。七宮が入ってきたら、詳しく紹介します。七宮、入ってきて」
みんなの視線が扉に集まる。
静かに扉を開き、一人の生徒が教室に入って来た。ゆっくりと壇上に上がり生徒たち側に顔を向けた。
教室に入ってきた彼を見て、クラスのみんなは一瞬静かになったと思ったら、ざわつきの声を上げた。
それは彼の容姿と服装が原因で起きていた。
その男子生徒と紹介された転校生は、アイドルなんか比べ物になれない、今まで見た事ないくらいものすごく可愛く、そして"女子用の制服姿"で私たちの前に現れたからだ。
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