第2話 バド部員は走る
走るリズムに合わせて短い呼吸を繰り返し、必要最低限の腕振りで一連の動きから無駄を省く。
見据える先は真っ直ぐ続く走り慣れたこの道。
早朝ということもあって周りの喧騒はなく、自分が作り出すわずかな足音だけが耳に響いてくる。ほんのりと汗ばんできたおでこを手で拭い、気持ち良い風を肌に感じていた。
うん、大丈夫。しっかり集中できている。ちゃんと以前の私に戻ってきている。
最近のとあるモヤモヤのせいで自分の生活のペースが乱れ、全然集中できていなかった。なので『慣れ親しんだジョギングで心を落ち着かせよう作戦』を決行して、見事バッチリはまったようだ。
ここまで集中できたなら大丈夫だろう。気持ちが整理とともに、走るスピードを緩め、ここ最近の自分を振り返ることにした。
ここ最近の私はどうも調子がおかしかった。
得意だった早起きができないどころか大寝坊するし、作った料理の味は薄すぎるか濃すぎるかの両極端だし、ミニテストの試験範囲を大きく間違えて散々な結果だった。さらには部活ではライバルにボロ負け。
なんでこうなったのだろうと自問自答する。
色々とせわしなくて、ゆっくりと考える余裕がなかったから、今落ち着いて考えてみることにしよう。
……いや正直、原因は分かっている。
間違いなく七宮君のせいだ。
彼、七宮君は二週間前くらいに転校してきたクラスメイトだ。その日から私の心と頭はいつも七宮君に振り回され続けている。
転校してきたのが二週間前、例の事があったのはその週の金曜日、そして猛攻を受け始めたのが一週間前。
それで彼に翻弄されて色々と上手くいかないのが今日現在。
私の変わらない繰り返しの日常を、凪いでいる心の安定を乱した彼のことを考える。
七宮君。七宮朝姫。ななみやあさひ。
ご家族の仕事の都合で初めて新潟の地に来たらしい七宮君。こっちにきて食べたお米は人生で一番美味しかったとのこと。
温泉も好きでよく家族で入りに行くらしく、初めて行った旅館の温泉が気に入り二十回分の入浴券を購入した話も教えてもらった。
読書が好きで、特に恋愛小説を好んで読んでいて本棚に年々増えて部屋のスペースを圧迫しているのが悩みだそうだ。
クラスは私と同じクラス。部活は私と同じバドミントン部で、ダブルスはあまり好きではないから転校前はシングルスだけしかしていなかったらしい。
勉強することは苦手ではないらしく、毎日机に向かっていてるのは個人的に尊敬している。まだ短い付き合いだけど、他人の悪口を言わない点もとても好ましい。
そして、彼の容姿。
相手の容姿をあまり気にしない私でさえも彼の容姿に惹きつけられる。
長く綺麗な黒髪、くりくりっとした丸く優しい瞳、長いまつげ、艶っとした唇。
顔自体もすごく小さく、柔らかそうできめ細かい真っ白な美しい肌。
159cmと小柄な身長も相まって、まごうことなき美少女。いや、性別は男だから美少年。笑うときは口に手を当てて小さく笑い、何事にも一生懸命取り組んでいる。本当に可愛い。
そんな七宮君とあの事があってからもう一週間も経った。時間が経つのは本当に早い。私の人生では今までなかったことばかりで、驚いて考えているうちにあっという間に過ぎてしまった。
ちなみに私が七宮君にこんなに詳しいことも、調子がおかしいこともこの一週間前の出来事が発端である。いや、そもそも七宮君が私のクラスに転校してきたことが始まりか。
もう遥か昔の事のような彼の転校直後のことを思い出そうとしていた時には、もう私は走るのをやめていた。自然と体の調整を含めてゆっくりとしたウォーキングになっていた。
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