第19話 言語翻訳

「すまないのお。自己紹介が遅れた。シルバ・シューベルリッヒフォン。現国家魔術協会の副協会長で元国家魔術学校教諭じゃ。」


なんて?・・・シューべ・・・?

カンナビアに来て出会った人間の中で最も覚えずらい家名だ。

シルバさんでいいや、面倒くさい。

ハンナさんが呼ぶときはわざわざ家名を全部言うのだろうか。

ハンナさんをちらっと見ると、額に張り付いた魔素乱板を懸命に引っ張っている。

簡単には取れないらしい。

ちょっと間抜けでかわいい。

ハンナさんといい、さっきのシルバさんの顔といい、なんか・・・気が抜けてしまった。


「ルカ君と君たちはつながっているということで良いか?」

「シルバ様!まず私に説明していただけませんか!このままでは私のプライドが――。」

「グーちゃん黙らんか。小さいころから変わらんのー。頭に血が上ると自分に対する自信があふれ出る。反省しなさい。」


グレイソンでグーちゃん。

小さいころから、グレイさんのこと知っているのか。

それに、変わらないって言ったってことは小さいころから高圧的なやつなのか。

友達少なかっただろうなー。


「それで、そのルカとやらとあなたの関係は?」

「ルカ君は儂が最後に個人的に指導した生徒じゃ。おそらく、それが今回の問題を引き起こしてしまったんじゃろう。」

「どういうことだ?」

「詳しい話は後でしようかの。一旦、会議を閉じよう。もうみんなは結論を出しているじゃろうし、ほかの仕事もあるからのぉ。」

「・・・かしこまりました。」

「ちょっと待て!この流れで多数決を取るのはずるいだろ!」

「黙ってろ!我々を舐めるな。」

「なっ!」


こいつ・・・俺たちにあんな失態さらしといて、いつまで上から話してくるんだ。

大体、俺は舐めた発言などしていない。

理不尽に対する当たり前の指摘だ。


「では、多数決を取る。会議室に残っているのは11人か。まあ問題ない。」

「ほらゴタゴタしたから全員居ないだろ!だから、日を改めて……」

「レント君、儂からも言おう。安心して黙っていなさい。」

「なっ!おい!」

「では賛成の者は挙手を。」


俺の制止を聞かず、強制的に多数決が行われ、その場に残った国家魔術師全員が手を上げ、無事リストウォレットのカメラを搭載することが認められた。

舐めるなってそういうことか。


――――――――――――――――――――――――


会議が終了し、俺たちはシルバさんの仕事部屋に案内された。

びっしりと本が並べられた本棚が何個もある。

この世界に来て俺が見た本はルカが持っていた魔術大典だけだ。

識字率が低く、印刷技術もないこの国において本は貴重だ。

全部でいくらするんだろう。

そんな下世話なことを考えていると、シルバさんが口を開いた。


「さてまずは・・・申し訳なかった。我々の至らなさが招いた勘違いじゃ。」


シルバさんが頭を下げた。

それに合わせ、グレイさんも頭を下げる。

日本人の文化か悪い癖か真摯に謝られると、こちらとしても申し訳ない気持ちになる。

いや、俺からしたら死ぬ思いをしたんだ。

申し訳ない気持ちなど抱く必要はないが、まぁ高圧的なのも嫌だし丁寧にいこう。


「・・・謝罪はしっかりと受け取りましたので、頭を上げてください。」

「そうか。こちらとしても助かるよ。」


謝罪が終わり、ちょっとした間ができた。

こいつらに俺たちのこと話しても大丈夫か?

本来ならルカと俺たちの関係はしっかり理解してもらって、認めてもらうことが大事だ。

だが、あんな尋問された上に、今はハンナさんが攻撃魔術を使えない状態だ。

ここから、また逆転されても困る。


「これから色々と話してもいいですが、ハンナさんに貼ったその板、あなた達の額にも貼ってくれませんか?」

「なっ!貴様まだ信用しないか!」

「当たり前だろ!」

「この野郎・・・いい加減に・・・」

「黙りなさい。」


グレイさんが話している途中でシルバさんがグレイさんの額に板を貼った。

4人中2人がキョンシー状態。

シルバさんは自身の額に貼らなかった。

俺はそんなシルバさんを警戒した。


「そんなに警戒心を出さんでも。まあ仕方がないか。」

「どうしてルカと私たちがつながっていると思ったんですか?」

「当時のルカ君は魔術の実力でも校内で有名だったが、誰よりも意欲的に魔術を楽しむことでも有名だったんじゃ。ある時、わしはルカ君に聞いたんじゃよ。どうしてそんなに楽しそうなんだと。」


でも、ルカはハンナさんとの約束を理由に自主退学している。

もちろん、シルバさんはそこまで知らないだろうけど。

誰よりも楽しんでいたのに退学しまった。

・・・すごく悲しい。


「ルカ君の存在に気付いたのは、グーちゃんとレント君とのやり取りからではなく、ハンナ君の戦いを見たからじゃ。」

「戦いを?それが一番の理由ですか?」

「ルカ君は楽しむ理由を自警団を目指している大切な人と約束しているからって答えたんじゃ。てっきり大切な人と自警団という言葉で男の人だと思っていたが、君じゃろ?ハンナ君。」

「いや……わたしは……。」

「ルカ君は名前を言わなかったが、特徴は教えてくれた。正義感の強く、しなやかで洗練された武力を使うエルフと。おそらくウェンライト家の誰かを言っているとは思っていたが、君にぴったりだ。」

「私に対して正義感という言葉を使うのはやめてください。」


ハンナさんは嫌なことを聞かされると、目線を斜め下向け、話すピッチが速くなる。

先ほど、守衛人に膝をつかれた時も同じ状態になっていた。

普段はしっかり目をみて、一定のテンポで話しているから、ちょっとした変化がわかりやすい。

ハンナさんは自警団になりたかったのか。

それで、約束は「ルカが国家魔術師をハンナさんが自警団を目指すこと」みたいな感じか。

ルカの母親が傍から見たらしょうもない約束と言っていた。

確かに、字面だけ見ればそうかもしれない。

だが、立場によってはかなり重い約束だ。

そして、重い約束になっていたのはハンナさんだ。

シルバさんの話しからでも分かる。

ルカは国家魔術学校の歴史に残る逸材。

黙ってても国家魔術師になれる。

ただ、シルバさんはハンナさんに対し、”女性だと思わなかった”的な言葉が多い。

つまり、ハンナさんが自警団になるには色々な”高い壁”を超えなくてはいけないことになる。

ハンナさんが自警団になれる可能性はウェンライト家とはいえ低いのだろう。


「すまなかった・・・ハンナ君。さて話を変えよう。レント君も気になっておるじゃろう。我々がどうやって情報を外に漏らさないようにしているか。わしが額に札を貼らなかった理由でもある。それに君は召喚者で都合がいいからの。」

「おい!いきなり頭つかんで何するんだ!」

言語翻訳トランスレーション。」


シルバさんはいきなり、俺の頭を鷲掴みし、魔術を詠唱した。

・・・特に変わった感じはしない。

ただ、シルバさんが言葉を発した時にその変化に気づいた。


「■〇■□。□□□〇〇。」

「△□〇〇■□。」


あれ・・・周りの発言が全く理解できなくなった。

ノイズでは無い。

はっきりと発音は聞こえる。

だが、何言っているか分からない。

他言語を聞いているような感覚だ。

すると、シルバさんが再度俺の頭を鷲掴みし、何かを詠唱した。


「私の話は理解できるかね?」

「・・・え・・・はい。これは?」

言語翻訳トランスレーションと言ってな。本来は他国の捕虜から情報を聞き出すために、聞くこと・話すことを他国の言語でできるようにするために開発した魔術じゃ。」

「・・・それが今まで俺が苦もなく皆さんと会話できてたわけですか。」

「これを応用して、国家魔術協会に関する単語を”解読不可能な言語”で発音してしまうようにする。そうすれば外に情報は洩れない。詠唱が重要な魔術も言語が崩れれば発動しないしの。」

「でもルカはベラベラ話してましたよ。」

「そこがわしの最大の失態であり謎じゃよ。この魔術は2人しか使えないとグーちゃんが言っておったじゃろ?」

「そのもう一人がルカですか?」

「少しは頭を使って話せ。我々が尋問をした意味が全く無くなるだろ。さっきまでの貴様はどこに消えた?」


はいはい、すいませんね。

すごく疲れたし、気も抜けちゃったから、考えるのしんどいんだって。

確かにバカすぎる発言だったけど。


「まあ、あながち間違っておらんの。」

「えっ、そうなんですか?」


少しドヤ顔してグレイさんを見てやった。

グレイさんから鋭い眼光で睨み返された。

こえーな。


「現状で使えるのはわしとわしの一番弟子である現国王であるダビちゃんじゃ。」


なるほど、この人は親しい自分の部下はちゃん付けになるのね。

目の前に俺を召喚するほどの大魔術師、ダービス国王を育てた男がいる。

・・・ダービスだったよな。

ダビちゃんって言ってたし・・・もう忘れちまったよ。

俺の頭に言語翻訳トランスレーションをかけたのはシルバさんではなく国王か。

軽く話してるけど、シルバさんはこの国の根幹を変えた男を育て上げた人物だったのか。


「だが、2人しか使えない現状は大問題じゃ。」

「まあ、一人は国王、そしてシルバさんはいつ死んでもおかしくない年齢。後継者がいなくなりますもんね。」

「はっはっは!言ってくれるのー。まだピチピチの80歳じゃ!」


80歳!

いや、さっき機敏な動きで魔素乱板をハンナさんに貼り付けてただろ。

とんでもないおじいちゃんだ。

ハンナさんもこ80歳のおじいちゃんに圧倒されたのかと目を丸くしていた。


「そこで目を付けたのがルカ君じゃ。国家魔術学校の歴史を見ても逸材だったからの。」

「魔術師としての未来が明るいルカに言語翻訳トランスレーションを教え始めたんですね。」

「そうじゃ。だが、教え始めた2か月後に自主退学したがの。」

「つまり、言語翻訳トランスレーションの原理を理解しているから解除できたのかもしれないと。ルカはどこまで使えるようになっていました?」

「いや、全く使えるようになっていないはずじゃ。いや、もしかしたら退学ギリギリで使えるようになったかもしれん。ちょっと判断できん・・・。」


結局、現状確認で話が終わってしまって解決に向かって行かない。

正直、”答えが出ない”ことで、俺たちの無罪は十分証明されている気がするが。


「結局何もわからないんじゃな。わかったことはルカ君はわしが目を付けたとおりの怪物だったことか。」

「まあ、そういうことですね。」

「すまんが君たちをこの協会内の建物に軟禁してもいいかの?悪いようにはしない。」

「ルカを呼ぶんですね。どうせ次の風が吹くまでグラン内にいる予定でしたから。それでルカ含め俺たちの無罪が証明されるならいいですよ。」

「ハンナ君もすまないね。」

「問題ありません・・・シューベルリッヒフォン様。」


いま、シルバさんの家名を呼ぶ前に間があったな。

さすがにハンナさんでもすんなり呼ぶのは厳しかったですか。

でも、ルカを連れてくるといったけど、あいつが素直についてくるとは思えない。

まあ、その辺は国家魔術師共に任せよう。

そんなこんなで俺たちの無実が証明されるまで国家魔術協会に軟禁されることになった。

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