第18話 イレギュラー

「ジャー頼む。」

「了解!!ごめんね・・・レント君にハンナちゃん。重負荷ヘビーウェイト!」

「誰でもいい。自警団を呼んで来い。」


急に体の重さが数十倍に感じられ、俺はそのまま床にたたきつけられた。

クソっ!急になんだ!

これが尋問だと?

拷問の間違いだろ。

全く状況を呑み込めない。

周りの魔術師たちも騒ぐわけでなく、立ち上がり、俺たちの様子を警戒しつつ冷静に見ている。

こうなることが当然ということか。

しかし、ジャーさんだけ顔が歪んでいた。


「っ・・・。」

「どうしたジャー?」

「ハンナちゃん・・・私の魔術かかってるのかな?」


ジャーさんは俺と同レベルの重さをハンナさんにもかけてるはずだが、ハンナさんは俺の後ろでいつものようにメイドらしい佇まいのままだ。

そして、ハンナさんはそのままグレイさんのほうへ床を軋ませながら歩き始めた。


「これはどういうことですかヤング様?」

「ちっ・・・ジェレインの蛮族が。」


ヤングさんは着ていたジャケットを翻し、内側に隠していた拳銃を手に取り、銃口を床に倒れている俺に向けた。


起動トリガー。ハンナ・ウェインライト・・・これ以上近づくな。一言も話すな。それらを破れば銃弾が発砲されるように設定した。」

「・・・。」

「それに、我々を武力で圧倒すれば、この場は乗り切れるかもしれん。だが、疑いが晴れる訳では無いぞ蛮族。」


ハンナさんが歩みを止めた。

心臓の鼓動があり得ないスピードになった。

死の危険を感じ、変な汗も止まらないし、吐き気もする。

なんだ?何を聞かれるんだ?

この状況になる前に話したのは、「リストウォレットにカメラがついても、手首にあるから撮りにくいだろう」という話だ。

そこで俺が出した言葉が問題か?


「今から聞くことに素直に答えろ。目標補足ターゲットは一体"誰"から聞いた?」

「いったい何が問題なん・・・」

「質問にしっかり答えろ。ジャー、重さを上げろ。」

「はいよー。」

「ぐああああ!」


クソ!どういうことだ?

俺は魔術を知っているだけだ。

使えるわけでないし、もとより、魔術の根本すらまともに理解できていない。

・・・知っていること自体があり得ないのか。


目標補足ターゲットは3か月前にカメラに搭載を決めた魔術だ。そして販売開始は約1か月半前。そして、カメラに搭載されている魔術を開くことができるのは国家魔術師だけだ。」

「クッ……だからって。」


確かに、ルカに魔術陣を見せられた時に書いていた日付は3か月前だった。


「いいか?貴様らではその情報を知ることすらできないのだよ。」

「可能性なんていくらでも・・・」

「貴様は言い訳として今、元国家魔術師や、魔術学校に通わず、実力を付けた者などを思い浮かべたのだろう?無駄だ。そういう類は"全て"有り得ん。」


じゃあルカは一体どんな存在なんだ?

こいつらにとって有り得ないと思っているルカがバレたらどうなる。

こんな尋問を当たり前のようにやるやつらだ。

ルカに何をされるか分からない・・・。

適当にルカの名前を出すわけにはいかない。

名前を出すのはルカというイレギュラーが国家魔術協会側の"落ち度"によって生まれたと確定してからだ。


「誰という質問が難しいのならこちらが譲歩してやろう。次は”はい”か”いいえ”で答えろ。貴様が情報を得ているのは”他国"の魔術師か?」

「・・・いいえ?」

「舐めているのか貴様。」


俺は嘘をついていない。

だが、グレイさんはこの質問で答えが出ると思っていたんだ。

ルカという存在が生まれたのはこいつらに落ち度がある可能性が高くなったな。

だが、ここで指摘するのは早い。

危険な状況である以上、確実にこちらが優位に立つまで待たなくては。


「いいか、隠しても無駄だ。…… 貴様、展開エクスパンって知っているか?」

「・・・いいえ。」

「やはり目標補足ターゲットの情報のみを他者から聞いているのだな。ちっ……他国に展開エクスパンが漏れていたら面倒だ。」

「・・・?」

展開エクスパンは国家魔術協会に"関わったことのある"人間しか使えない。そんな危ないもの我々が簡単に外に出すわけないだろ。」


いい情報を手に入れることが来た。

国家魔術師は他国の魔術師による情報漏洩を気にしているということ。

国内の魔術師は自分たちがしっかり”管理”しているから、他の可能性はあり得ないと断言しているわけだ。

管理方法は分からないが、ルカは展開エクスパンも使え、情報も好き勝手話せていた。

管理が破綻している。

破綻した理由が他国による介入か、こいつらのミスか、まだ判断できない。

他国の間者が国家魔術師がルカにかけた何かしらの管理を解いた可能性がある以上、国家魔術師も被害者だ。

そろそろ、体が限界だ・・・頭に血が回らない。

多少無茶でもこちらから聞き出しに行こう。


「そんな話をしていいんですか?それこそ”他国の間者”に話す可能性もあると思いますが。」

「黙れ。その状況でよく私に脅しをかけることができたな。今日、貴様が協会内で知ったすべての内容は外で話せないようにすることが可能だ。」

「・・・どうやって?」

「黙れと言っている。」

「そのような関係者の管理は協会ができてからずっと同じ方法で?」

「黙れ!いいか?協会設立以降、我々の管理が一度も破られたことはない。そして、ここには国の最高峰の魔術使いが集まっている。そんな我々の大半がその管理を解除できない。よって貴様らにどうにかできる代物ではない。」

「大半?」

「そんな些末なことどうでもよいだろ?・・・この国に2人しかいない。これでいいか?」

「ああ、・・・十分だ。」


・・・確定だ。

ルカはこいつらの落ち度で、本来”使えなくする”はずの展開エクスパンを当たり前のように使え、国家魔術協会にかかわる情報を”話せる”状態でルカを野に放ってしまっているということだ。

国家魔術師が使える魔術を超える奴など国内には存在しないと思っていることはグレイさんの"驕った"口ぶりから分かった。

長年破綻してなかったから、現状維持で問題ない。

その驕りが招いたミスであるとわかった以上、こっちが下手に出る必要は全くない。

ハンナさんにもすでに優勢だと気づいてもらうためにも、ここからは多少高圧的に話す。

グレイさんはハンナさんに、”武力で制圧しても”と言っていた。

グレイさんはすぐ察したんだ……ハンナさんの実力であればこの場の制圧は一瞬だと。


「いいか?”貴様”が尋問中にした内容は俺たちに一つも当てはまるところがない。」

「・・・なんだと?」

「それどころか、国家魔術協会の失態をさらすことになる。自警団を呼んだよな?」

「さっきから何を言っている?」

「自警団は国の治安を守るためと他国の攻撃から防衛するための組織だろ?俺が真実を話せば自警団から糾弾されるのは”他国に自国の情報を漏えいさせる可能性”を驕りと怠慢で作った国家魔術協会だ。」

「そういうことですかマチダ様。」


ハンナさんが口を開いた。

もちろんヤングさんが俺に向けている銃口から乾いた音が鳴った。

それと同時に、ハンナさんの左手が俺の視界に写った。

俺には瞬間移動に見えた。

そして、左手でつかんだその弾丸をジャーさんに向かって投げつけ、ジャーさんの耳の一部を弾き飛ばした。

・・・体が元の重さに戻る。

呼吸がしにくかった分、急に肺に空気が入り咽た。


「くっ・・・。」

「ジャー!大丈夫か!この蛮族が!」

「舐めているのですか?」


グレイさんは俺に向けていた拳銃をハンナさんに向けたが、一瞬で蹴り飛ばされる。

そしてグレイさんの首をつかみ持ち上げ、拳を握り、構える。

握った拳には5個の魔術陣が見える。

想像をはるかに超えて強かった。


「ゴホゴホ・・・はぁ。さて、形勢逆転だな。」

「誰でも構いません。シャイ様を病院に連れていってください。急げば医師の魔導で耳は元に戻るはずです。」

「おいこの場で一番偉いやつは誰だ?俺が何を言いたいのか分かるだろ。そこの驕った最高傑作さんやこの場の魔術師の大半は認めたくなかったようだが。」

「そうじゃな。ジャー君を病院へ・・・そしてこれから来る自警団には”間違いだった”と言って追い返してくれ。わしの名前を使って構わん。」


奥に座っていた顎タプタプなじじいが口を開いた。

うまくいったな。

ふう・・・死ぬかと思ったあああああああ。

もう勘弁してくれ。

まあ、これで優位に立ったんだ。

この立場を使って、無理やりでも今回の提案書を認めさせちゃおうかな。

それどころか、「今後も末永くよろしくお願いします」と、キーボーツすら手伝わせちゃおうかな。

緊張が解け、ちょっと浮かれたことを考えていたら顎タプじじいが立ち上がり、近づいてきた。


「その拳、5重陣フィフススクエア。女性だがウェンライト家として努力したのだなハンナ君。だが、少し魔術を使うのは我慢してもらおう。……ふん!」


顎タプじじいが年齢からは想像つかない機敏な動きでハンナさんの額に謎の板を張り付けた。

グレイさんの首を締めあげていた状態とはいえ、グレイさんとジャーさんを圧倒したハンナさんが何もできなかった。

その板がハンナさんのおでこに張り付くと、拳に現れていた5つの魔術陣が砕けるように消えた。


「なっ……これは?」

「すまない。少し落ち着いてもらいたくての。」


ハンナさんが困惑した一瞬でグレイさんはもがき、ハンナさんから離れた。

首を握られてて苦しかったのか、四つん這いになり咽ている。

何をした?このじじい……ちょっとした優位が一瞬で無くなった。


「それは魔素乱板。魔術使用者の体内の魔素循環を乱し、魔術を使用できなくする板じゃよ。そこで苦しんでるグレイが国家魔術学校の卒業研究として”わしに提出にしたものじゃ。」

「えっ?あなたに提出?」

「そうじゃな・・・わしはこの現状に当てはまる可能性のある子を一人知っておる。」


可能性のある"子"だと?

待て、想定していた話と違う方向に進んでいってる。

確かに俺は国家魔術師たちの管理レベルを超えた存在がいる可能性を指摘するつもりだった。

だが、個人の特定・・・ルカの名前を出すつもりはなかった。

なのにこのじじいは、個人名を言おうとしている。


「ルカ・マリアノビッチ。・・・ルカ君は元気にしているかね?」


じじいの顔はまるで孫を見るような優しい表情だった。

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