第16話 前世界の知識の使い方
「せんぱーい。調子はどうですかー。」
「全くもって順調ではありません。」
ジャーさんは爆笑しながら、その先輩の背中を叩く。
とんでもない数の魔術陣を一人で扱っていた先輩と呼ばれた男は目の下にクマを作っていた。
やっぱり人手が全然足りてないんだな。
これから俺はこの人たちに仕事を増やすと考えると気が重くなる。
「この人は今日の会議に参加する召喚者さん。」
「ほぉ!召喚者でしたか。」
「ヤングさんからの命で、この”馬のいらない荷馬車”についてアドバイスをもらっとけってことらしいですよ。召喚者に会える機会なんてめったにないから。先輩、困っていることがあるらしいじゃないですか。」
ジャーさんは馬のいらない荷馬車という、なんとも頭の悪い発言をした。
なんと、国家魔術師たちはガソリンエンジンはおろか蒸気機関も存在しない魔術の世界で自動車を作ろうとしているらしい。
この国は魔術を使える人間を増やす努力にもっと時間と金を割くべきだろ。
それにしても、このでかい部屋の隅々に魔術陣が散らばっている。
数が多すぎて目がチカチカするな。
「レント君どうしたの?部屋中を見渡して。」
「部屋の隅まで魔術陣があるじゃないですか。これをまとめて扱ってるからすげーなって思いまして。」
「そんな遠くの魔術陣も見えるの?私は両手広げたくらいの範囲しか見えないよ。だから遠いところに広がった魔術陣ってたまに見逃しちゃうのよ。」
対岸の川辺で絵を描いていたルカの魔術陣も見えていたし、これが普通だと思ってた。
確かにこの体は目が良い。
元の体はコンタクトかメガネがないとまともに人の顔も判断できないレベルの視力だったから、少し感動したのを覚えてる。
「ちなみにあなたが住んでいた世界にはこれと似たものはありましたか?」
「自動車ってものがあって、それが世界を動かしていたといっても過言ではないくらい、重要なものだったよ。」
「そうですか。私たちの発想は間違いではなかったんですね。」
私たちの発想ということは召喚者は関わっていないのか。
きっと荷馬車では不十分な事情があって、国家魔術師たちが自力で考え作り始めたのだろう。
事情はどうでもいいが、俺がアドバイスできることなんて無いと思うんだが。
「そのー、現状はどの程度開発が進んでいるんですか?」
「走って止まるところまでは。速度の制御も可能です。ただし、直進のみですが。」
「直進のみ?」
「馬がいないので・・・どのように方向を制御すればいいか分からないんですよ。あなた方の国のジドウシャとやらはどのようにして曲がるのですか?」
ハンドルをつければいいじゃん・・・って説明しようとしたが、あまりにもハンドルが俺らの世界では当たり前すぎて、どのように説明したらいいか分からない。
円形のものを回すと回した方向に曲がる。
じゃあ、どうして回したら曲がるのか?と聞かれたらしっかり説明できるか分からない。
前世界の当たり前を知らない人間たちに説明することがこんなにも難しいのか。
それに、俺らの世界ではハンドルが正解だったが、"この世界の正解"とは限らない。
それは国家魔術師に出す提案書を考えているときに痛感した。
今、質問をされているが、申し訳ないけど質問返しをしよう。
こちらとしても、この国の荷馬車の"普通"が知りたい。
「ちなみに馬はどのように曲がるんですか?馬に乗ったことがないので分からないのですが。」
「手綱を引っ張り馬の視線を変えるか、調教の仕方によっては騎手の足で横腹を圧迫したほうに馬を曲がらせることもできます。一般的なのは手綱を引っ張ることですかね。」
「なるほど。ちなみに馬に乗れる人ってどれくらい国にいる感じですか?」
「結構乗れると思います。自分も乗れますし。」
「私も乗れるよー。上手い下手はあると思うけどー。特に都市から外れたところに住む人だったら馬は生活必需品に近いからね。」
馬に乗れる人が多いのなら、俺が伝えるべきはハンドルの存在ではない。
いかに、乗馬ができる人間の動きに合わせることが大事かということだ。
「馬に乗れる人が多いのなら、馬に乗るような状態を作ればいいんですよ。」
「はい?馬はいないんですよ?」
「手綱を引けば引いた方向に曲がる。その、感触や引っ張った量に対する曲がり量とかを再現するんですよ。人体の構造や生活様式に合わせて物を作る。そういうのを俺らの世界では"人間工学"って言うんですよ。」
もちろん、俺は"人間工学"なんて雰囲気しか知らない。
昔テレビで、駅の自動改札のカードを当てる場所の角度が、人間の関節の動きから最適解を出してるってのを見たくらいだ。
だが、知識はその程度でいい。
相手は自動車という存在を当たり前のように思いつく国家魔術師。
考える力やイメージ力なんて、俺なんかが比較にならないくらい優れている連中だ。
おそらくルカも同等がそれ以上のレベルだろう。
俺がやるべきことは、持ってる知識で相手を感嘆させることではなく、いかにそれっぽく話して、相手自身が考えるように仕向けるかが大事だ。
"それっぽく話す"・・・それは俺たち動画投稿者の得意分野だ。
間違ったことは言わない。
ただし完璧な正解は言わない。
ただ聞き手が求めることをまるでこの世の真理に到達しましたと言わんばかりに自信満々に話す。
その心持ちでどれだけの生配信を乗り切ってきたか。
そうすれば、俺がした話から、考える力のある人間は勝手に自分なりの正解を見つける。
おそらく俺が持つ"前世界の知識"の使い方はこの方法がベストだと現状は思う。
後はこの人がどんな反応をするかだ。
今のところ、あごに手を当て、考える人間のテンプレで固まっている。
「・・・あっ!」
それ見ろ。
俺が求めていた、いい反応だ。
目を輝かせて、ルカも持っていた魔術大典をめくり始めた。
何かを極めた人間の楽しそうな姿は引き込まれるものがある。
「見てくださいこれ!|
「俺に言われても。何言ってるかさっぱり・・・。」
「ちょっと、馬の調教師に会ってきます!!」
「先輩!急に押しかけたら失礼ですよ!しっかりアポ取らないと。」
ジャーさんが走り出そうとする先輩の腰ベルトをつかんで止めた。
魔術に精通する人間は全員こんな感じなのだろうか。
ルカも手ぶらで家を飛び出してたし、優秀な人は周りが見えなくなりやすいのかな。
俺がした人間工学の話がしっかり組み込まれているか分からないが、一応、俺の話はこの人なりの正解へ導くことができたみたいだ。
これは、いい練習になった。
この後の会議やルカと一緒にキーボーツを作るときに活かそう。
ついでにこの国の荷馬車に対して個人的に腹立つところも伝えておこう。
「あのー・・・もう一つ言いたいことがあるんですけど。その車輪もう少しどうにかなりませんか?」
「あなたの世界では車輪は丸くないとかですか?」
「先輩……そういうことではないと思いますよー。レン君も車輪って言ってますし。」
この先輩、頭いいのか悪いのかはっきりしてくれ。
ただ、さっきの俺の話を聞いたからか、次はどんなことを教えてくれるんですかと、目を輝かせて俺を見てくる。
意気揚々を話したくなってしまうが、調子に乗ってはいけない。
「振動がひどいんですよ。道がガタガタなことも問題ですが、荷馬車自体が衝撃を逃がしたり、吸収したりできないのも問題だなと。」
この世界で少なくとも、俺はゴムもバネも見たことがない。
自動車の衝撃を吸収する方法はタイヤとかサスペンションだが、それらに近い魔術とかあるのだろうか。
「なるほど。地面につかなければいいんですね。」
「はい?」
「体を浮かす魔術がありますし、鳥を模倣した魔術もあります。意外とできるんじゃないですかね。」
この人・・・自動車飛び越えて、飛行機みたいなものを作ろうとしてやがる。
俺が少し、どや顔で薄くしか知らない知識を話すだけでこんなことになってしまうのか。
まあ、ここまで俺のできる事って何か良く分かっていなかったから、少しこの国のことに協力できたと感じれたのはうれしい。
「ずいぶんと、楽しそうだな。」
がやがや騒いでいて気付かなかったが、後ろに背の高い男が立っていた。
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