平安京 ~乳母のお仕事~ (声劇・フリー台本)

舞台:平安時代

   貴族の館の姫の部屋


あらすじ;貴族の姫に求婚する公達をいかに捕獲するかというお話し。


登場人物

貴族の姫: 裳着もぎ(成人の証)をすませた年ごろの娘(13歳くらい)

      感嘆語しかないので感情ゆたかに。

公達・藤原 師通もろみち:姫に求婚中の若者(25歳くらい)

               勢いがあって怖いもの知らずなタイプ。

乳母・藤原 徳子のりこ; 年配の経験豊かな女性(30歳くらい)

               今の年齢なら40歳過ぎくらいな感じ。

女房・源 依子よりこ: 姫のお世話係(15歳くらい)

              



以下本文


********************


音: 鳥のさえずり、遠くに水音

   廊下をこちらに向かう軽い足音

   衣擦れ

   

徳子のりこ裳着もぎを済ませたとたん、あちこちから恋文が届くようになりましたねぇ。

  おひいさま。北家ほっけ定綱さだつな様からの文でございます。」


姫「(嫌そうに)えぇ。」


徳子「わかりました。

   定綱さだつな様はご趣味も家柄もよろしいけれど。

   なかったことにいたしましょう。」


依子よりこ「こちらの文はいかがしましょう?」


徳子「あら、また二条藤原の師通もろみち様の文?

   相変わらず素敵なこうめてあること。

   墨の色も文字もうるわしい。

   おひいさま、ご覧にいれましょうか?」


姫「(嬉しそうに)えぇ。」


音:手紙を開く音


姫「(うっとりと)あぁ。」


徳子「そうですか。

   師通もろみち様なら、家柄もいいし、あのお年で近衛大将このえのたいしょう。姫のご両親からも覚えはめでたいし。

   そろそろお返事を差し上げてもいいかもしれないわね。

   依子よりこ、代筆をお願いね。」


依子「はい。かしこまりました。」


音:遠くで騒がしい人の声

  馬のいななき

  庭の玉砂利を踏む勢いのある足音(まだ遠い)


徳子「依子よりこ!急いで御簾みすを下げなさい!

   下は少しだけ開けておくのですよ。」


音:すだれをおろす音

  重なるように衣擦れ


徳子「ささ、おひいさまは奥へ!

  あ、裾の重ねとおぐしは外からよく見えるように御簾みすの手前に残してくださいね。」


音:玉砂利を踏む音が部屋の前まで来る。


師通もろみち「(庭から、涼やかな声で)

   姫君。ご無礼の段、お許し下され。

   待てども待てどもお返事がいただけないので、居ても立ってもられず、思わず馬の口をこちらに向けてしまいました。」


姫「(夢見がちに)あぁ。」


依子「(うきうきと)あら、まあ!涼やかなお声。」


徳子「(御簾の内より声を張って)これはこれは、二条のお方。

   今しがたふみを開いたところですのに、ご本人がいらしたのならもうふみをお読みする必要はございませんね。」


師通「口では伝えきれない思いを込めましたのに、なんとつれないことを申されるのか。」


依子「(こそこそと)受け答え、悪くありませんね。」


姫「(力強く)ええ。」


徳子「姫がお許しになりました。

   きざはしまでおいでなさいませ。」


師通「ありがたきこと。」


音:木の階段を三段上がる音


姫「(嬉しげに)あぁ!」


徳子「(小声で)あらホント、見目麗しいこと。

   (声を張って)ご訪問は、乳母のわたくしを通して話を進めていただかないと。

   ねぇ、師通もろみち様。」


師通「(小声で)おお。御簾みすの下からのぞく着物の重ねの色目も、黒髪もなんと美しいことか!

   さぞかし愛らしい姫君に違いない。」


徳子「(独白)よし、エサにかかったわね。

   (小声で)依子!薫香くんこうをこちらへ!外に向かってあおぐのよ!」


音 パタパタと扇で扇ぐ音


姫君「(切なそうに)あ、あぁ。」


師通「(ハッとして)今の声は姫君か?

   おお、なんとかぐわしい香り。

   はっ!これは噂の練香ねりこう黒木香くろもっこうではないか!

   これを作ることがお出来になるとは、なんと得難い姫君であろうか。

   (前のめりな感じで)乳母殿!

   無礼を承知でお願い申し上げる。

   姫君のもとへ通うことをお許しいただいたい。」


徳子「(もったいぶって)まぁ、そんないきなり。

   (後ろに向かって、小声で)依子よりこ文箱ふみばこの中の扇を持っておいで。

   (外に向かって、もったいぶって)そうですね。まずはひと月、毎日お文をくださいませ。

   それからですわね。」


依子「(外にむかって、少し偉そうに)

   姫様が、これを師通もろみち様へと。」


師通「なんと、あの寿賀玖すがくが手による扇ではありませんか!

   こ れをわたくしに?」


徳子「(婉然と)師通もろみち様のお気持ち、しかとお見せくださいましね。」


師通「なんと嬉しいこと。

   必ずや!」


音 玉砂利を踏んで足音が去っていく。


徳子「よしっ!捕まえたわね。」


依子「やりましたね!」


姫「(嬉しそうに)あぁ!」


音:風の音

  鳥のさえずり

  遠くに水の音




 









   





    

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