大名行列 ~殿の悲哀~ (声劇・フリー台本)

舞台  大名行列


登場人物 

槍持: 大声の男

住民ABC: 街道で大名行列を見送る人々 

側用人: 生真面目な男、四十くらい

殿: 二十歳過ぎの若い男、疲れた様子

小姓①: はきはきとした少年(16才くらい)

小姓②: しっかりした少年(16才くらい)


以下本文

*********************


音: 街道を行き交う人々のざわめき


槍持「(遠くからだんだん近くなる)

   下にぃ、下に。

   下にぃ、下に。


音: 道を草履で素早く動く足音


住人A「(小声で)あれはどこの行列じゃ?」


住人B「(小声で)あの槍印は、鹿田藩じゃ。」


住人C「(小声で)鹿田藩か、なら鹿沼様じゃな。

   昨年だかに代替わりされたそうな。」


住人B「(気の毒そうに)では、これが初めての参勤交代か。」


槍持「(目の前を通りすぎていく)

   下にぃ、下に。

   下にぃ、下に。」


音: たくさんの足音が通りすぎる

  街道のざわめきが戻る

  大名行列の規則な足音は続いている


槍持「とぉまぁれぇぇ!」


音: 足音がまばらに止まる

  石の上に駕籠を置く音


側用人「殿。着きましてございます。」


殿「(駕籠の中、寝ている)ぐぅ。」


側用人「(声を少し大きくして)

    殿、着きましてございます。」


殿「(駕籠中から寝ぼけたかすれ声で)

   さ、左様か。」 


側用人「失礼いたしまする。」


音: 駕籠の引戸が開く音

  駕籠の屋根を上にはねあげる音


側用人「殿、ささ、こちらへ。」


殿「うむ。

  (こそっと)政次まさつぐ。用をたしたい。」


側用人「ははっ。こちらへ。」

   

音: 廊下を急ぎ足で歩く音

   布をたくしあげるような音


殿「政次。初めてのことなので恥を忍んで問うが、この雪隠せっちんは昨日も見た。

  持ち運んでおるのか?」


側用人「(隣の部屋から)

    勿論でございます。

    殿のお出しになったモノも敷いてある砂ごと樽に詰めご在所ざいしょにお運び申し上げます。」


殿「さ、左様か。

  では昨日の風呂桶も手酌てしゃくも、腰掛けも持参しておるのか。」


側用人「ははっ。左様にございます。

    殿が道中どうちゅう使われます物全て、米、漬け物の上の漬物石に至るまでは江戸の上屋敷かみやしきより持って参っております。」


殿「(戸惑って)・・・何でまた。」


側用人「(被せぎみに)

    殿、これを手間と思われますな。

    どこにどんな危険が潜んでいるかわかりませぬ故と、思し召しされよ。」


殿「(聞こえぬように、ため息)はぁ。」


音: 人の出入りする音

  話し声

  廊下を歩く音


小姓①「(大声で)お殿様ぁ、お床入ぃぃ。」


音: 布の擦れる音


小姓②「あ、殿!殿!

    眠ってはなりません!」


殿「しかし、昨夜も寝ておらぬ。」


小姓②「参勤交代の道中は何があるかわからぬ、言わば戦場。

  戦場で寝るなど言語道断でございます。」


殿「しかし、布団に入って寝るなと言われても。」


小姓①「殿、お任せくだされ。

    我々が軍記など枕元でお読みいたします。」


小姓②「ささ、殿。目はお閉じくだされ。」


殿「う、うむ。

  のぅ。気のせいであろうか?

  昨夜より布団が硬い。」


小姓②「さすが殿。

    お分かりになりましたか。」


小姓①「今宵は布団の下に鉄の板を入れてございます。」


殿「何故じゃ?」


小姓②「三代前の重喜しげよし公がこちらにお泊まりの折り、床下から槍で狙われたからでございます。」


殿「それから…毎回?」


小姓①「さようにございます。」


小姓②「その時盾となり命にかえて重喜公をお守りしたのが我が曾祖父にございます。」


殿「そ、そうか。

  お前は…長生きするように。」


小姓②「ははっ!」


小姓①「では今夜は「吾妻鑑あずまかがみ」をお読みいたしまする。」


音: 小姓が軍記を読む声


殿「(独白)父上、参勤交代とはこのように過酷なものでございましたか。

  父上が命を縮めたのも必定ひつじょう

  あぁ、国許くにもとまであと幾日あるのかのぉ。」





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