12 初ファミレス大作戦2
12 初ファミレス大作戦2
サイゼイヤが押しボタン式だとわかったとたん、あたしの体温は急上昇。
カッカした顔を押えながら、まわりから隠れるように腰を降ろした。
あ……あたしが初サイゼだって、完全にバレちゃった……!
もう、ともくんの顔も見られない。
しかしともくんからの視線は、痛いほどに感じていた。
「まさか羅舞って……」
その声音だけで、ありえなさ加減が伝わってくる。
あたしの頭の中は爆発寸前で、もうごまかすこともできなくなっていた。
「さ……サイゼ来るの初めてだよ。だから、おすすめを聞いたんじゃん」
あたしはついに、白状してしまう。
自然と、唇が尖っていくのがわかった。
あたしはアヒル口で「悪い?」と、ともくんを横目でチラ見する。
その先にあったのは、これまで見たことがないほどの複雑な表情だった。
……ひ、引いてる……!
やっぱりサイゼが初めての女の子は、ダメなんだ……!
羞恥心と後悔の念があたしを押しつぶす。
このままテーブルに頭を叩きつけて、死んじゃいたい気分だった。
気まずい時間だけが、ただただ流れていく。
もうゴハンどころじゃないと思ってたんだけど、あたしの絶叫注文は通っていたようで、店員さんが料理を運んできてくれた。
「お待たせしました。青豆のサラダ、エスカルゴのオーブン焼き、ミラノ風ドリア、ティラミスになります」
あたしとともくんの前に、同じ料理がずらずらっと並ぶ。
ついさっきまで死にたい気分だったけど、それだけであたしは嬉しくなった。
「あっ、おいしそう。えへへ、スマホだけじゃなくて、ゴハンもおそろいだね」
あたしは子供の頃から、ともくんとのおそろいが大好きだった。
実はガッコで使ってるノートかペンとかも、ともくんと同じもので色違いのを使ってるんだよね。
あたしはまだ恥ずかしくて、ともくんの顔を見ないようにしながら、サラダをパクッと食べた。
それだけで、視界が開ける。
「う……うんまぁーっ!? これ、マジおいしくない!?」
あまりのおいしさに、あたしはともくんに話しかけていた。
またともくんを引かせちゃったかと思ったけど、ともくんは「だろ?」と、まんざらでもなさそう。
「乗っかってる卵を少しずつ崩して、豆と黄身を絡めて食べるのがいいんだ」
「うわぁ、とろっとした感じが加わって、マジヤバい! こっちのタコ焼き器に入ってるやつも、超おいしいーっ!」
「そりゃエスカルゴだよ」
「エスカルゴ? なにそれ」
「知らねぇのかよ。カタツムリだよ」
「ごふっ!? か、カタツムリ!? ウソっしょ!?」
「ウソじゃねぇよ。といってもそのへんにいるカタツムリじゃなくて、ヨーロッパに棲息するリンゴマイマイっていう品種を食用に養殖したやつだ。あ、でもサイゼのエスカルゴはアフリカマイマイっていう別のやつなんだけどな。でも、うまいだろ?」
「うん、カタツムリって聞くとグロいけどうまい。グロウマだね! こっちのドリアは知ってるよ! 姉ちゃんがたまに家で作るし……あちち!」
「熱いから気をつけろよ」
「うん。ふーっ、ふーっ。うんっ、これもおいしい!」
ともくんとは小学校の高学年あたりから少しずつ話さなくなって、中学になると挨拶もしなくなった。
あたしは昔みたいに話したくて、ともくんが好きだというギャルになった。
でも、照れ隠しにウザがるような態度を最初に取っちゃったせいで、そのあともずっと変なカンジになっちゃったんだよね。
それからあたしたちの仲は、長いあいだずっと極寒だった。
ふたりの心の間にある氷の壁はどんどん分厚くなっていって、簡単には無くならないんじゃないかと思ってた。
でもまさかこんな形で、また話せるようになるだなんて。
おいしいゴハンの力って、本当にすごい。
あたしががんばって削ろうとしても削れなかった氷を、あっという間に溶かしちゃったんだから。
これまで、ともくんとの会話はずっとギクシャクしてて、あれこれ考えながら話してた。
でもゴハンを食べながらだと自然と笑顔になれて、思っていることがすんなり言える。
……大好きなともくんと、いっしょに笑いあえる……。
それは昔に戻ったみたいな、夢のような一時だった。
「ねぇねぇ、どれも激ウマなんて、サイゼって超ヤバくない!?」
「口にごはんつぶが付いてるぞ」
その瞬間、あたしは現実に引き戻された。
……しっ、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
つ……つい、はしゃぎすぎちゃった!
これまでがんばって、築き上げてきものがっ……!
あたしの中にあったクールギャルのイメージが、ガラガラと音をたてて崩れ去っていく。
子供だと思われちゃった、完全に……!
呆れられちゃった、ぜったいに……!
あたしのなかで後悔の吹雪が吹き荒れ、体温を奪っていく。
きっとあたしの顔はいま、真っ青になっているに違いない。
とうとう、いたたまれない気持ちになって立ち上がる。
そのまま、逃げるウサギのようにテーブルから離れようとしたんだけど、
……ガッ!
直前で、手を掴まれてしまった。
「待ってくれ、羅舞!」
あたしは振りほどこうとしたけど、ガッチリを押えられていて離れない。
ともくんの手の大きさと力強さに、あたしはこんな時だというのにときめいてしまった。
ともくんは、そこからあたしを力いっぱい抱き寄せて、キ……!
……って、妄想してる場合じゃなかった!
なにかというとすぐ妄想に逃げちゃうのは、あたしの悪いクセだ!
「羅舞っ!」
ともくんが、ふたたびあたしを呼ぶ。
あたしは残った勇気を振り絞るように振り向いて、ともくんを見つめる。
ともくんは真摯なまなざしで、あたしの言葉を待っていた。
なにか言わなきゃ、なにか言わなきゃ。
えっと……えっと、えっと、えっと、ええっとぉ……!
「キモっ」
……しっ、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
つ……ついクセが出ちゃったぁ!
さ、最悪っ! ああんっ、もう! なんでこんな大事なときに、よりにもよって!
ともくんの顔に、困り笑いのような表情が広がっていく。
あたしにキモいと言われたともくんは、いつもこの顔をする。
そしていつも黙って、あたしの元から離れていくんだ……!
も……もうヤダっ! そんなのはもう、ぜったいにヤダっ!
せっかくいっしょに遊びに来られたのに! いっしょにゴハンが食べられたのに!
それなのにそれなのにそれなのにっ!
また前みたいな関係に戻るだなんてっ!
そんなの……死んでもやだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!
しかしあたしはパニックのあまり、もうなにも考えられなくなってしまう。
もう死にたい気持ちでいっぱいで、頭のなかでは
そのなかでふと、教室の映像が横切る。
教室には、あたしとともくん以外は誰もおらず、あたしは立ち尽くしているともくんに向かって、こんな言葉をかけていた。
「……キモ……っ玉が据わってるじゃない。あたしに話しかけるなんて。で、なんの用?」
その一言はあたしのなかで、教会の鐘の音のように響きわたる。
そうだ! あの時みたいにフォローすればいいんだ!
そしたら、あたしが言ったのはキモいって意味じゃなくなる!
あたしは昨日のあたしに感謝する。
しかしともくんは、いまにもあたしの手を離してしまいそうだった。
あたしは脊髄から生まれたような言葉を、脳を通さずにそのまま叫んでいた。
音量調整もおかしくなっていて、喉が張り裂けんばかりに。
「キモちいいことしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
恋愛マスターと呼ばれた幼なじみのギャルが、俺を攻略してくるんですが 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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