11 初ファミレス大作戦1

11 初ファミレス大作戦1


 メシのリクエストについては、俺は万全の体制で臨んでいたつもりだった。

 しかしけいちゃんの口から飛び出したのは、頭の片隅にもなかった料理だった。


 俺は聞き間違いかと思い、思わず聞き返してしまう。


「サイゼって……あの……サイゼイヤ?」


「そだよ。ってか、他になにがあんの?」


 間違いじゃなかった……!


 サイゼイヤは、全国にチェーン展開しているイタリアンのファミリーレストランだ。

 ポピュラーなファレスの中では、もっともリーズナブルとされている。


 俺は昨日、インターネットでデートの心得を調べた。

 その中に、婚活アドバイザーからのこんな一言があった。


『デートでサイゼイヤに行くのだけは、冗談でも絶対にやめましょう。初デートならなおさらです。もし連れて行ったりしたら、往復ビンタのあと水をぶっかけられても文句は言えません。少なくとも次のデートはないでしょう』


 ネット界隈でもネタにされてしまうほどの場所、それがサイゼイヤだ。


 しかしなぜけいちゃんは、デートではいちばんNGとされるスポットに、わざわざ自分から……?


 その答えはすぐに出た。


 ……そ、そうかっ!

 サイゼイヤに行くことで、このドッキリの最後の仕上げをするつもりなんだ!


『うわぁ、サイゼなんて、マジありえねー! みんな見て! コイツが初デートでサイゼに行くキモオタ童貞でぇーっす! コイツはこの世に存在しちゃダメな生き物だから、ネットで晒して!』


 俺は大勢の客たちによって、よってたかって罵られ、ぶたれ、ぶっかけられ、晒され……!

 そして一生、惨めな笑い者に……!


 い……嫌だっ! そんなこと、させてたまるかよっ!


 なんとしても、サイゼに行くのだけは阻止しなくては!

 なんとかして、俺の予約してる店のどれかに、けいちゃんを誘導して……!


 どうやって話を持っていこうかと考えている最中、全身に悪寒が駆け巡った。


 ……ざわっ……!


 そ……そうか……そうだったのか……!

 これこそが、けいちゃんの狙いだったのか……!


 新しいスマホを買ってしまったことで、俺は所持金をおおきく減らしてしまった……!

 そう、俺は気付いてしまったんだ……!


 『ジジイフォン』を買わせることにより、軍資金を尽きさせ、サイゼ以外の選択肢を封じるという……!

 悪魔的な策略にっ……!


 俺はこのデートで、けいちゃんにいいところを見せようとして、必死にデートプランを考えた。

 しかし俺の浅はかなデートプランなど、彼女はとっくにお見通しだったんだ。


 それどころか逆に俺のプランを利用して、一連のコンビネーションのような流れを作り出し、俺をハメることを思いついたんだろう。

 それは一度ハマったら抜け出せない、世にも恐ろしい童貞即死コンボだった……!


 そうだ……そうなのだ……!

 ラウンド開始を告げたあのゴング、制服のけいちゃんを見たときから、もう勝負はついていたんだ……!


 こ……これが、『恋愛マスタ』……!

 か……完敗、だ……!


 俺は、もうガードする余力も無くした新人ボクサーのように、だらりと両手を垂れた。


「もう、どうにでもしてくれ……」


「え? どしたの八張? 顔色悪いけど? もしかしてハラペコ?」


「ああ……」


「んじゃ、急いでゴハンにしよ、あそこのサイゼでいいよね」


「ああ……」


 俺は死刑台に連行される死刑囚のように、うなだれたままサイゼイヤへと向かった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 サイゼイヤは混んでいて、多くの人たちが席に案内されるのを待っていた。

 しかし店員さんがあたしのファンで、あたしたちを優先的に席に案内してくれようとする。


 ともくんがお腹が空いて元気がないので、その申し出に甘えようかと思ったんだけど……。

 待ってる人を抜かすのはよくないと思って、待つことにする。


 それでも店員さんは気を利かせてくれて、目立たない奥のほうの席を用意してくれた。


 席についたともくんは、メニューも取れないほどグッタリしていたので、あたしがかわりに開いて見せてあげた。


「お腹へったねぇ。八張はなんにする?」


 しかしともくんは答えてくれない。

 でもなんとかして、会話を盛り上げなくっちゃ。


「わぁ、どれもおいしそう。八張のおすすめってある? あたし、サイゼ来るの初……」


 あたしは慌てて口を押える。

 焦ってつい、本当のこと言いそうになっちゃった。


 あたしはいままで一度も、サイゼイヤに来たことがない。

 中学の頃は放課後によく誘われてたけど、演劇部の部活とモデルをやってて忙しかったから断ってたんだ。


 ホントはちょっぴり憧れだったんだよね、サイゼイヤに行くのが。

 しかもともくんとふたりっきりで来られるなんて、最高っ!


 昨日の夜、自然な形で「サイゼ行こっか」って言えるように、何度も何度も練習した甲斐があったよ!


 でもサイゼに来たことがないなんてバレたら、ともくんはあたしをつまらない女の子だって思っちゃうよね。

 だからここは、何度も来たことがあるみたいに振る舞わないと。


 ともくんはうつむいたまま、おすすめを教えてくれた。


「青豆のサラダ、エスカルゴのオーブン焼き、ミラノ風ドリア、ティラミスのコースが鉄板……」


「じゃああたしそれにする。八張はどうすんの? 同じのでいい?」


 力なく頷くともくん。

 これは相当お腹が空いているんだろうと思い、あたしは席から立ち上がると、遠くを歩いていた店員さんに向かっておおきく手を振った。


「すいませーんっ! 注文いいすかーっ!」


 瞬間、店中の視線があたしに集まる。

 そしてなぜか、みんな唖然としていた。


 しかしあたしはともくんのために、掲げていた手をVサインにして、かまわず声を張り上げる。


「えっと、青豆のサラダ! エスカルゴのオーブン焼き! ミラノ風ドリア! ティラミス! それぞれふたつずつくださーいっ!」


 しかし店員さんは「は、はぁ……」と、戸惑い気味。

 それどころか、ずっとうつむいていたともくんまで顔を上げて、目をまん丸にしてあたしを見ていた。


 え……? あたし、なんか変なこと言った?


 そう口にしかけたところで、あたしはテーブルの隅にある、あるものに気づく。

 そこには『ご用の方はこのボタンでお呼びください』とあった。


 ……しっ、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

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