10 初デート大作戦5

10 初デート大作戦5


 智達と桂子はあたりさわりのないやりとりをぎこちなく繰返しながら、駅前にある家電量販店に向かう。

 売り場で智達から「どれにするんだ?」と聞かれた桂子は、返答に窮していた。



 ――どれにする、って……ここに並べてあるのって、違うものなの!?

 あたしには、どれも同じに見えるんですけど!?



 桂子は超がつくほどの機械音痴なので、スマホには触ったことすらない。

 いま女子高生の間で憧れとなっている、最新機種のアイロン13ですらも、ただの長方形の板にしか見えていなかった。


 しかし黙っていてはまた智達に呆れられてしまうと思い、桂子はとっさに目に付いたスマホを手に取る。


「あっ、これ欲しかったんだよね」


「えっ、それ?」


 智達の声が意外そうだったので、桂子の心臓がドキリと跳ねた。



 ――よくわかんなかったから適当に選んだんだけど、もしかしてヤバいのだった!?



 ふと、そのスマホの隣にあったチラシの束が目に入る。

 そのチラシには老夫婦が映っていて、キャッチコピーには『お年寄りもかんたん! ジジイフォンとババアフォン!』とあった。



 ――と、年寄り用!? そんなのがあんの!?



 桂子はショックのあまり現実逃避してしまう。

 チラシの老夫婦を、智達と自分に置き換え、仲睦まじく暮らしている情景を思い浮かべていた。


「な、なんでやねーんっ! ババア用やないかーっ!」


 不意にぎこちないツッコミが入り、現実に引き戻される桂子。

 視線ぶつかるふたりの間に、激しい思惑がスパークした。



 ――返しとしては、これでよかったんだよな……?

 けいちゃんがあまりにも自然だったから、危うくマジ返しするところだったぜ……!


 なんとかギリギリで、ボケとして処理できたけど……。

 くそっ、リア充のやりとりは高次元すぎて、ついていくだけで精一杯だ……!



 ――え、なに、いまの……?

 あっ、も、もしかしてあたしの失敗を、ボケだと勘違いしてくれた!?


 いや、それとも……あたしに恥をかかせないようにしてくれたのかな……?

 でもどっちにしても、このあとのあたしの返しで、本当のボケにしちゃえばいいんだ!



 桂子はすかさずジジイフォンを取る。


「じゃあ八張はこっちね、これでおそろいだよ」


 それは軽い気持ちで被せたボケだったが、


 ……ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 桂子は自分のボケで、自分の心臓を撃ち抜かれていた。



 ――お、おそろい……!? ともくんと、おそろいっ……!?



 桂子の幼少期の記憶がフラッシュバックする。


 幼稚園の頃、学校指定の制服は2種類あって、男の子は水色、女の子はピンクと決まっていた。

 しかし桂子は当時、「ともくんとおそろいがいいのぉーっ!」とギャン泣き。


 男の子用である水色の制服を着ようとしたのだが、智達は自分が女の子用の制服を着ると言いだした。



 ――きっとともくんは、わかってたんだ……。

 あたしが男の子の制服を着ると、幼稚園でいじめられるって……。


 だから、ともくんが女の子の制服を着てくれた……。

 どうしてもおそろいが着たいっていう、あたしのワガママを叶えるためだけに……。


 幼稚園でともくんはからかわれてたけど、泣き虫のあたしと違ってともくんは強かったから、堂々としてた……。


 あの時のともくん、カッコ良かったなぁ……。

 いま思いだしても、ドキドキしちゃうよぉ……。



 しかし脈が乱れていたのは、彼女だけではなかった。



 ――けいちゃんが天丼でボケるってだけでも反則級なのに、そのうえ笑顔で「これでおそろいだよ」って……!

 かっ、かわいすぎるやろぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!



 見つめあうふたりの顔が、メーターが上昇するように赤く染まっていく。

 不意に、ふたりだけの世界にヤボな声が割り込んできた。


「スマホをお探しですか!? ちょうどいい! いま当店では『カップル割』をやっておりますよ!」


「「かっ、カップル!?」」


「はい! おふたりで新規契約されると、最大で2万円のポイントバックがあるんです! この機会にいかがでしょうか!? スマホをお揃いにしたら、ラブラブっぷりがアピールできますよ! それに、使い方を教え合うこともできて便利なんですよ!」


 ふたりは脊髄反射的に叫んでいた。


「「こ、これくださいっ!」」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 新しいスマホが入った袋を下げ、店を出る俺たち。



 ――つ、つい、買っちまった……!

 ついこのあいだ、新しいスマホを買ったばかりだってのに……!

 しかも『ジジイフォン』だなんて……!


 でも、大好きな子と『おそろい』だぜ!?

 そんなの断れるわけねぇじゃねーか!


 ……でも、不思議だな……。

 けいちゃんは、嫌がらなかった……。


 いままでのけいちゃんだったら、「八張とおそろいなんてありえねーし。おそろいってのはボケなのわかんなかった? マジになるなんて超キモい」くらいは言いそうなんだけど……。


 ううっ……意図がわからねぇ……!

 これってもしかして、けいちゃんが仕掛けたドッキリだったりすんのか……!?


 あ、ありうるっ……!

 あの角から取り巻きのギャルどもが飛び出してきて、「大成功~っ! 今日からお前のアダ名は『ジジイフォン』な!」とか言ったりするんじゃ……!?



 困惑しきりの智達の前を、さっさと歩く桂子。

 その足取りは普段と変わらなかったが、心臓は破裂しそうだった。



 ――店員さんに言われて、つい「ください」なんて言っちゃった!

 ああっ、ともくんとおそろい! 幼稚園以来のおそろいだよぉーっ!


 ああん、嬉しすぎて死んじゃいそう!!


 ……でも、なんでおそろいにしてくれたんだろう……。

 ともくんはもう、あの長方形のケータイを持ってるはずなのに……。


 もしかしてこれって、ともくんのドッキリ!?

 あたしが振り返ったら、「大成功~っ! 今日からお前のアダ名は『ババアフォン』な!」とか言ったりして……!?



 とうとう、疑心暗鬼に陥ってしまうふたり。

 お互いの出方を探るように歩いていると、正午を告げる鐘が鳴り渡った。


 街頭ビジョンに表示されている時計を見上げながら、智達はゴクリと喉を鳴らす。



 ――ドッキリが明かされぬまま、昼になっちまったか。

 どうやらけいちゃんは俺をさらに泳がせて、恥をかかせたいらしい。


 きっとあの柱の陰あたりギャルどもがいて、俺を隠し撮りしているんだろうな。


 いままでの俺だったら、猟銃の気配を察したウサギのように、とっくの昔に逃げ帰っていただろうが……。

 腹をくくった俺は、ひと味違うぜ。


 ここからけいちゃんに最高のエスコートを披露して、逆転してやるっ……!

 ギャルどもがうらやむような、めくるめくデートを見せつけてやるんだ……!


 そうと決まれば昼メシだ!

 さぁて、こんどはこっちのターンだぜっ!



 智達は満を持した様子で、桂子に声をかけた。


「羅舞、そろそろ昼メシにしよう。なにが食べたい?」


 すると前を歩いていた桂子の歩みがピタリと止まる。

 智達はその背中をニヤリと睨んだ。



 ――ふふっ……! ムチャ振りをするために、考えているな……!

 どうせ想像もつかないような国の料理を挙げて、俺をテンパらせようとしてるんだろう……!


 だが、甘かったな……!

 俺は昨日のうちから、フレンチ、中華、和食の3件だけでなく、イタリアン、インド、トルコ……。

 64ヶ国もの、ありとあらゆるの国の料理を予約してあるんだ!


 もちろん、どれも最高級の店を……!


 さあっ、言えよ、けいちゃん!

 南極料理でも、北極料理でも、ひんたぼ料理でも……!


 この俺が、世界の果てだって連れてってやるぜ!!



 春風にふわり、金髪とスカートを翻しながら振り返る桂子。

 その口から、予想だにしなかった言葉が放たれた。


「じゃ、サイゼ行こっか」

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