09 初デート大作戦4

09 初デート大作戦4


 智達と桂子の初デート、その記念すべき日の格好は、ふたりとも学校の制服であった。

 まさかの制服被りに、両者は庭の置物のように固まっていた。


 智達は、ヒザがガクンと折れたショックで我に返る。



 ――よ……読まれてたっ……!


 正直なところ『堕天使スタイル』は、けいちゃんに読まれているだろうと思っていた。

 だって、中学の時はそこそこ着てたからな。


 しかし、この制服だけは、予測不可能……!

 はからずとも、俺にとっての先制パンチになりえるかと思っていたのに……!


 それなのに、それなのにっ……!


 けいちゃんは俺が制服で来ることなんて、とっくにお見通しだったんだ……!

 しかもそれを言葉にしたりせず、自分も制服になることで、強烈なカウンターとして利用するなんて……!


 相手の力を、何倍にもして返す……!

 こっ……これが、絶対強者の戦い方かっ……!

 や……ヤバすぎるだろ、『恋愛マスター』っ……!



 智達は伝説のチャンピオンに対し、開幕のゴングと同時に懐に飛びこんだものの、手痛いクロスカウンターをもらった新人ボクサーのようになっていた。

 よろめき、その場に崩れ落ちそうになるのを堪えるので精一杯。


 かたや桂子は、いつも以上に気合いを入れたアイシャドウをこれでもかと見開いていた。



 ――姉ちゃんが言ってた。

 結婚相手の親に挨拶しに行ったときに、ウエディングドレスの下に保険として制服を着てたって。


 制服は学生にとっての正装だから、フォーマルな場所でも大丈夫だからって。


 と、いうことは……!

 やっぱりともくんは、今日のデートで求婚して、パパに紹介するつもりなんだ……!


 わわわわっ! どうしよう!? どうしよう!? どうしよぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?!?



 真っ青になる智達と、真っ赤になる桂子。

 両者一歩も動けない状態がしばらく続いたが、均衡を破ったのは、桂子の背後からの声だった。


「ちょ、ケイ! 朝メシも食わねぇで、こんな朝っぱらからどこいくし!?」


 大きな胸がこぼれそうなキャミソール姿で玄関扉から顔を出したのは、桂子の姉のレシアだった。

 レシアはお隣さんの智達に気づくと、新しいオモチャを見つけた子供のように、パッと顔を明るくする。


「あっ、智達じゃん! ケイのデートの相手って智達だったし! 智達、ちゃんとシコってきたし? シコってないとデート中に『すぐ勃つ』になっちゃうし! あっはっはっはっはっ!」


 のっけからの下ネタ連発に、桂子は耳まで真っ赤にして止めに入った。


「も……もう、やめて! あっちいっててよ!」


「えーっ、智達見るの久しぶりなんだから、このくらいいーっしょ。あ、そうだ、せっかくだから智達も朝メシ食ってかね? まだなら、あーしでシコってもいいし!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから俺は、レシアさんに引っ張り込まれるようにして、けいちゃんの家で朝食をごちそうになる。

 けいちゃんの家は父親はおらず、母親はめったに帰ってこないらしく、ようするにうちと同じような境遇だった。


 レシアさんは銀髪に派手なメイクの美人で、小麦色の肌とナイスバディが自慢らしく、冬でも露出度の高い服を着ている。

 高校生の頃はモデルをやっていたそうだが、その頃のスタイルをいまだに引きずっているらしい。

 昔のギャルみたいなしゃべり方に、中年オヤジみたいに下ネタ連発するという、古いタイプの『黒ギャル』だった。


 いまは大学に通いながら、けいちゃんのマネージャーをやっているらしい。

 たまに会うと、ふざけておっぱいを押しつけてくるんだ。


「つーかケイってさぁ、今日水筒持ってこうとしたっしょ!? デートに水筒って! ガキの遠足じゃねーんだから! 超ウケるっしょ? あっはっはっはっ!」


「そ、そんなことしてない! テキトーなこと言うなっつーの! っていうか、八張に胸を押しつけるのやめなって!」


 朝食はトーストだったんだけど、レシアさんが事あるごとにおっぱいを押しつけてくるのに気を取られ、味がわからなかった。

 ふたりがなにを言い合っていたのかも、ぜんぜん覚えていない。


 俺は『すぐ勃つ』にならないようにするので精一杯。

 朝食を終えたあと、俺とけいちゃんはレシアさんに見送られ、家を出る。


「1発目は、ちゃんとゴムしろよ~!」


 その大声に通りすがりの視線が集まり、俺は近所を出るまで恥ずかしくてたまらなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 桂子は、ずっと顔から火が出る思いだった。



 ――ね……姉ちゃんめぇ~! 帰ったら、キツく注意しなきゃ!

 姉ちゃんの好きなシュークリーム買って帰ろうかと思ったけど、それもナシナシ!


 しかも、デートに水筒を持っていこうとしたことまでバラしちゃうなんて!

 きっと、ともくんにヤバい女の子だって思われちゃったよね……?



 桂子は歩きながら、隣の智達の顔をちらり見る。

 智達の顔はルシアの下ネタ攻撃で赤くなっていたのだが、桂子はそれを誤解した。



 ――ううっ、ともくん、マジギレしてんじゃん……!

 でも、当然だよね……。

 未遂とはいえ、デートに水筒を持って行くような女の子とデートするだなんて、最悪だよね……。


 きっとあたしのこと、『水筒女』って思ってるよぉ……。

 なんとかして、このマイナスを取り戻さなきゃ……!



 桂子は慎重に言葉を選びつつ、智達に話しかけた。


「……八張、今日はどこいくの? 今日は特別に、八張の行くところについてってあげる」



 ――って、いきなり教会に連れてかれちゃったらどうしよう!? キャーッ!



 妄想癖のある桂子のテンションは上がりっぱなしだったが、智達の歩みはピタリと止まっていた。


「どこって、ケータイを買いに行くんじゃないのかよ?」


 冷たいその一言に、桂子は人知れず総毛立つ。



 ――そっ、そうだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 浮かれすぎて、すっかり忘れてたぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!



 桂子はさらなる失点を喫したと慌てる。

 背中に冷や汗を感じながらも、急いで取り繕った。


「あったり前じゃん。あたしが聞いたのは、どこに買いに行くかってこと。八張って、そういうの詳しいんでしょ? だから誘ったんだよ」


「そ、そっか」


 実はこの時、智達は智達で大パニックだった。



 ――し、しまった! また怒らせちまったか!


 けいちゃん朝メシの時から、ずっと怖い顔してたんだよなぁ!

 あんなけいちゃん見たことなかったから、きっといまもメチャクチャ怒ってるはずだ!


 それなのに俺ったら、なんて間抜けな受け答えを……!

 なんとかここからの会話で、挽回しねぇと……!



 ふたりの間に失点など存在していない。

 しかし智達は頭をフル回転させ、いいところを見せようとする。


「い……今ならアイロン13が出たばっかりだからいいかもな。チップセットが全面的に刷新されて前世代から20パーセント以上の性能向上でベンチマークのシングルスコアでは5千オーバーを叩き出してるからリッチな3Dゲームもラクラク動くようになったんだ。しかも48メガピクセルのメインカメラに超広角と望遠のカメラが付いてるから……」


 智達は早口でまくしたてていたが、途中で桂子がポカンとしているのに気づいてしまう。



 ――しっ、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!


 どこに買いに行くかって話だったのに、なんで機種の話なんかしてんだよ!?

 しかも喋りすぎちまった!

 あのドン引きっぷりは俺のこと、『クソオタク』って思ってる顔だよ!



 桂子は頬を桜色に染め、智達をウットリと見つめていた。



 ――か、カッコイイ……! 好きなものを熱心に語るともくんってキリッとしてて、超イケメンだよぉ……!

 それにあたしが知らない機械の言葉をいっぱい知ってて、尊敬しちゃう……!


 ああっ、ずっと聞いてたいのに……!

 あたしがなにも答えないから、呆れてやめちゃった……!


 つまらない女の子だって、思われちゃったかなぁ……。


 ううっ……!

 いろいろ聞きたいのに、レインの時みたいな失敗をするのが怖くて聞けないよぉ……!

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