08 初デート大作戦3

08 初デート大作戦3


 あたしの頭のなかは、翼の折れた天使でいっぱいになっていた。

 翼の折れた天使と映画を観て、翼の折れた天使と水族館を巡って、翼の折れた天使とプラネタリウム……。



†希代の機械音痴の彼女は、明日の本来の目的をすっかり忘れているのでございます。



 そして最後は夜の遊園地で、観覧車の上から夜景を眺めながら……。

 ともくんは急にあたしの手を取って、真剣な表情であたしを見つめて……。


『けいちゃん、俺と結婚してくれ』


 その瞬間、あたしは夢から覚めるようにガバッと飛び起きていた。


「きゅ……求婚されちゃったらどうしよう!?」


 あたしはデートなんてしたことがない。

 だからなにをするのかはよく知らないんだけど、結婚を申し込まれる可能性はゼロとは言い切れない。


 ともくんから求婚されたら、断るなんてぜったいにありえないっしょ。

 でも、もしそこでテンパっちゃったりなんかしたら、ともくんはあたしに愛想を尽かすかもしれない。


『指輪のひとつも満足に受け取れないだなんて、俺のパートナーには相応しくないな。時間を無駄にしたよ』


 なんて言って、ともくんは翼を広げて観覧車から飛び去ってしまうだろう。


「そ、それだけは嫌っ! せっかく仲良くなれるチャンスができたのに!」


 それからあたしは、ともくんの抱き枕を相手に、指輪を受け取る練習をした。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いいたします……!」


 床に正座して三つ指をつき、ふかぶかと頭を下げてみる。


 ……うーん、これじゃ、堅苦しすぎるかな?

 それに観覧車って狭いから、床に正座できないかもしれない。


 それじゃ、


「うん、いいよ! ちょうど指輪が欲しかったんだよね!」


 ニコッと笑って指輪を受け取ってみる。


 ……ダメだ! 軽々しすぎる!

 それにこれじゃ、ただ指輪が欲しいだけみたいじゃん!


 あたしは居住まいを正す。


「つ、謹んで、お受けいたします……!」


 両手を差しだし、ぺこりと頭を下げてみる。


 ……う~ん、だいぶよくなったけど、まだちょっと堅いかなぁ。

 キッチリとしていながらも、ともくんの好きなギャル感を出せればもっといいんだけど……。


 練習を繰り返してようやく、あたしはひとつの答えにたどり着いた。


「え、マジ!? じわる! いまあたし、マジきゃぱいんだけど! ……からの~! 謹んで、お受けいたします! ……からの~! ともくんとの約束、果たせて嬉しい! あ、もしかして忘れちゃってた? ひど~い! でもこれからは、ずっといっしょだよ!」


 ギャル感がありつつも丁寧で、最後は幼なじみとして締める……!

 か、完璧だ……!


「よし! これで、指輪を受け取る心の準備はできた! あとは服装だよね! 堕天使スタイルのともくんに、恥をかかせないようなコーデにしないと……!」


 今度こそと思いながら、クローゼットの取っ手に手をかけたんだけど……。

 あたしの頭のなかには、新しい問題がふってわいていた。


「……もしかして求婚された流れで、親への挨拶とかあるかも!? ともくんのパパ、いま家にいるみたいだし!」


 ……あ、ありえるっ……!

 ともくんはパパがいなくなる前に、あたしを紹介するつもりなのかも……!?


「だったらなおさら、ちゃんとした格好をしてかなきゃ!」


 下手をすると、ともくんのパパが、あたしたちの結婚を認めてくれないかもしれない。


『お嬢さん、あなたみたいなへんな格好の女性がそばにいたら、息子の品位まで落ちてしまう。金輪際、息子には近づかないようにしていただけますかな』


「そ、そんなぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 あたしはひとり悶絶し、頭までかきむしる。

 直後、部屋の扉が開いたかと思うと、「うっせーし!」と怒鳴られてしまった。


「ね、姉ちゃん……」


 褐色の肌に派手なメイクの仏頂面を部屋に突っ込んでいたのは、大学生になる烈熾愛レシア姉ちゃんだった。


「ケイ! さっきからなにサカってるし!? コクならもっと静かにするし!」


「サカってなんかねーし! それに、コクってなに!? ……あ、そうだ! 姉ちゃんってば高校のころ、いちど結婚しようとしてたことがあったよね?」


「なにそんな大昔のことほじくり返してるし。結婚式で百股がバレてダメになったの、ケイも知ってるっしょ」


「そうなんだけど、あのとき姉ちゃん、相手の親に挨拶に行ったんだよね? そのとき、なに着てったの?」


「ウエディングドレス」


「え゛」


「ウエディングドレスってさぁ、結婚式のときしか着ないっしょ? それじゃもったいなくなくねって結納のときとかにも着てたし。でもまぁ、相手の親がマジギレした時のことも考えて、とりま保険もかけといたし」


「え、保険って……?」


 そのあとにお姉ちゃんが教えてくれた、ある『服装』……。

 それはあたしが思わず、「これしかない!」と叫んでしまうほどのものだった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 新聞配達のバイクが通り過ぎる音に混ざるようにして、隣り合うふたつの家の玄関扉が、同時に開く音がした。

 季節は春だが、吹く風はまだまだ寒い。


「「ううっ……さみーっ」」


 玄関扉から出てきたふたりは、それぞれの家の中庭を歩きながら、同時にひとりごとをつぶやいていた。


「「デートの約束をしたのはいいけど、嬉しすぎて時間を決めるのをすっかり忘れてた……。昨日も興奮して眠れなかったし……。でもこれだけ早ければ、遅刻なんてありえな……」」


 門の扉に手を掛けた途端、隣の家の声に気づき、ハッ!? と見やる。

 智達と桂子はまったく同じタイミング、まったく同じポーズで、ガッツリと目が合っていた。


 そしてさらなる偶然に、ふたりは瞬きも忘れていた。

 見開いた目に、見覚えのある服装を、互いに映しあっていたのだ。


 ……せ……制服っ……!?


 なんとふたりとも同じ、制服姿……!?

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