07 初デート大作戦2

07 初デート大作戦2


 我が妹の口から放たれたのは、火の玉のように容赦ないファッションチェックだった。


「なっ……このスタイルの崇高さが、お前にはわからんのか!?」


「崇高とか言ってる時点で相当キモいことに気づいたほうがいいよ。その格好で外に出るのは自由だけど、いちごに会っても声かけないでね。ぜったいだよ」


 いちごは噛んで含めるように念押ししたあと、さっさと部屋から出て行こうとする。

 とっさに俺の脳内コンピューターが反応し、高速で答えを弾き出した。


「ま……待て、リトルシスターよ! なら、どういうのだったらいいんだ!? 教えてくれ!」


 いちごは俺のことを『トモ』と呼び捨てにするくらい、俺のことを尊敬していない。

 そんな妹に助けを求めるのはシャクだったが、背に腹はかえられない。


 なぜならば、いちごは小中学生向けのファッション雑誌のモデルをやっている。

 そして、けいちゃんは有名な読者モデルだ。


 いまのけいちゃんの好みに近いのは、俺よりもいちごの方と言えなくもない。

 俺の呼びかけに、いちごは再びひょっこりと顔を出す。


「それ系以外だったらなんでもいいんじゃない? トモの私服はどれも燃やしたくなるくらいひどいけど、それよりはマシだし」


「お前、普段の俺を見て燃やしたいと思ってたのかよ!?」


「うん。パパはセンスいいのに、なんでトモはそうなのっていつも思ってた」


 さんざんな言われようだ。

 しかしいちごは、小学生にして大学生の彼氏が何人もいるという、スーパーリア充。


 ここは恥をしのんで、ファッションアドバイスを……!

 それにもうすでに、いちごはお見通しのようだった。


「なあに、明日デートなの?」


「じ……実はそうなんだ」


 いちごは「へぇ」と、さして興味も無さそうな相づちを打つ。

 俺の部屋に入り込んできて、クローゼットをあさりはじめた。


 その後ろ姿を、俺はまじまじと見つめる。

 我が妹は、家にいてもなおオシャレだ。


 イチゴのヘアゴムでツインテールにしており、華やかなシャツにデニムのショートパンツを履いている。

 顔立ちは同学年の子と比べても大人びていて、よく中学生に間違われるほど。


 さっきまで夕食の準備をしていたのか、ビタミンカラーのエプロンを着けているが、これまたよく似合っている。


 ちなみにだが、俺は妹とこの家でふたり暮らしをしている。

 オフクロはおらず、オヤジはたまにしか家に帰ってこない。


 家事は分担しているのだが、料理と洗濯はいちごの担当で、俺がやるのは掃除だけ。

 掃除は、普段はロボット掃除機を動かすだけで、あとはたまにトイレと風呂の掃除をやる程度だ。


 不公平だから、洗濯も俺がやろうかと申し出たことがあったのが、「ぜったい嫌」と断られてしまった。

 それどころか「いちごの洗濯物に触ったら殺すから」と念を押される始末だった。


 なんてことを考えているうちに、いちごは「はぁ……」と、クソでかいため息をつきながらクローゼットから離れる。


「で、俺はどんな服を着ていけばいいんだ?」


 いちごがボソッと告げた言葉に、俺は我が耳を疑った。


「えっ?」


「ここにあるのはぜんぶ燃やして、明日はアレ・・にして」


「おい、デートなんだぞ!? そんなの、デートからいちばん遠い格好じゃねぇか!」


 するといちごは、ずい、と俺に顔を近づけてくる。


「このクローゼットにある服は、いまの世の中に存在しちゃダメな服ばっかりなの。もしデートの時に着てったら、捕まってもおかしくないくらいのね」


「そ、そこまで……!?」


「うん。だからもう、トモにはアレしかないの。それにアレなら、デートに着てってもそこまで変じゃないし」


「そうなのか……?」


「といっても、相手の印象はマイナスになるかもしれない。でもクローゼットの私服に比べると、傷はずっと浅いと思う」


「ぐっ……!」


 これ以上のマイナスは避けたいところなのだが、もう夜も遅いので、服を買いに行っているヒマもない。

 俺は腸をソーセージにするような思いで、いちごのコーディネートを受け入れることにした。


「あと、チェーンと十字架の付いたサイフもやめといたほうがいいよ」


「えっ、これもダメなのか? なら、こっちのやつを……」


「そのビリビリするやつはもっとダメ。パパのお古があったはずだから、それを使って」


「ぐぐっ……!」


「そういえばトモ、クローゼットの引き出しの中に、リボンの付いた小さい箱がたくさんあったけど、あれなに?」


「ああ、あれはプレゼントしようと思ってる婚約指輪だよ」


 実をいうと俺はここ数年、毎年指輪を買っている。

 けいちゃんの誕生日にプレゼントするために。


 しかし渡す度胸がなかったので、ためこむ一方だった。

 でも明日のデートで、ついに渡すことができるんだ……!


 俺は最新の指輪が入ったプレゼントボックスを手に、鼻息を荒くする。

 しかしいちごは、苦労して全滅させたと思っていたゴキブリが、まだ残っているのを見つけたような、苦々しい顔をしていた。


「初デートで婚約指輪を贈るバカがどこにいるの。それだけはぜったいやめて、ドン引きされるから」


「ぐぐぐぐっ……!」


「はぁ、危なかった……。もしいちごが見つけてなかったら、相手の子が気絶するようなデートになってたところだよ。まったくもう……」



†智達のデートプランだと、危うく桂子は気絶していた……?

 本当に、そうなのだろうか……?

 では時を少しだけ戻して、桂子の様子を見てみようではないか……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 あたしは家に帰るなり、お腹の底から歓喜の雄叫びをあげていた。


 あたしは中学の頃は演劇部に入ってたんだけど、その演劇でやったシンデレラ気分。

 ともくんの顔が貼ってある抱き枕を抱え、床を転がりながら叫びまわる。


「ともくんと遊びの約束ができるだなんて! 嬉しい嬉しい嬉しいっ! 超嬉しいぃぃ~~~~~っ!!」


 一時はどうなることかと思ったけど、最高の結末が迎えられてよかった!

 ともくんの写真とキスしまくってたんだけど、途中で大切なことに気づく。


「こ……これってもしかして、『デート』っ……!?」


 あたしはカッと目を見開く。


「と……ともくんとデートだなんて!? そ、そんなの無理っしょ!? だって今日ひさしぶりに、マトモに話したばっかりなんだよ!?」


 いまさらながらにあたしは大慌てして、部屋のなかを右往左往してしまった。

 だって、あたしは男の人とデートしたことなんか一度もない。

 誘われることは何度もあったけど、あたしはともくん以外に興味がないから、ぜんぶ無視していた。


「こんなことなら、他の人で練習しておけばよかったぁ~!」


 でも、後悔したってはじまらない。

 ともくんを攻略するって決めた以上、デートは避けて通れない道なんだから。


「よ……よぉしっ! 明日は最高の初デートにするぞぉ! いっぱいオシャレして……!」


 張り切ってクローゼットの取っ手に手をかけたところで、あたしはふと思う。


「ともくんって、明日どんな服を着てくるんだろう……」


 あたしのなかにもわわんと、ともくんの私服が浮かぶ。


「中学の時に見たともくんの『堕天使スタイル』、最っ高にかっこ良かったんだよね……! あの服で来られたら、あたし……超感激して失神しちゃうかも……!」

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