06 初デート大作戦1
06 初デート大作戦1
それからの俺は、心ここにあらずだった。
授業で当てられても「ふぁ」と生返事をしてしまい、気づいたらノートはミミズがのたくったような落書きだらけになっていた。
放課後、雲の上を歩いているかのようなフワフワした足取りで帰宅し、2階にある自室に戻る。
背後でバタンと閉る扉の音で、今日一日が現実であったことを確信。
「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
気分はワールドカップの決勝で、逆転ゴールを決めたストライカー。
たまらずヒザを折り、諸手を挙げて天に向かって叫んでいた。
「けいちゃんと出かける約束ができるだなんて! 嬉しい嬉しい嬉しいっ! 嬉しいぃぃ~~~~~っ!!」
悶絶するあまり倒れ込んでしまったけど、そのまま部屋の床をゴロゴロと転がり回る。
しかしふとあることに気づき、ハッとなった。
「こ……これってもしかして、『デート』っ……!?」
デート……噂には聞いたことがある。
男と女が、ふたりっきりでどこかに出かけたりして遊ぶことだ。
ギャルゲーの中でしか起こらないと思っていたイベントが、まさかリアルで起こるだなんて……!
「リアルってあんがい、良ゲーじゃね!?」
俺はさらに浮き足立ち、空も飛べそうな気分になっていたが、すぐに重い現実がのしかかってきて、地に足がついてしまった。
「この恋愛初心者の俺が、恋愛マスターのギャルとデートだと……!?」
それは例えるなら、アリンコがゾウ、いや、ミツバチが太陽が挑むようなものだ。
けいちゃんに言い寄っていた多くの男たちは、彼女に声を掛けただけで、燃え尽きた灰のようになっていた。
恋愛初心者の俺だったら、太陽に焼かれる前に討ち死にしてしまうだろう。
下手なことをしたら最後、けいちゃんやギャルたちに、残りの高校生活をずっとバカにされ続けてしまうかも……!?
「そ……それだけはダメだ! けいちゃんの俺に対する愛情度はすでにカラッポなんだから! これ以上下がったら、取り返しのつかねぇことになっちまう!」
†否……! 愛情度はもはや、上がりようもないくらいのMAX……!
最大の愛情度でありながら、やっとこさ初デートのイベントなど……!
これがゲームであったならば、世紀のクソゲーといっても過言ではないであろう……!
「そうだ、浮かれてる場合じゃないっ! いまの俺は、首の皮一枚で繋がってるに過ぎないんだ! 明日は最高のデートを演出して、俺がデキる男だってのを見せて……! なんとしても、けいちゃんとレイン交換をするんだ!」
俺のなかには、かつてないほどの闘志が満ちあふれていた。
「デートといえば、どこに行くかだよな! えっと、真っ先にケータイを買いに行くとして、そのあとは……」
えーっと、ギャルゲーのデートだと、どっか遊びに行くんだよな。
王道としては映画だけど、動物園や遊園地もありか……?
それともロマンチックに、水族館とかプラネタリウム? はたまたアカデミックに、美術館や博物館……?
うーん、けいちゃんが喜んでいくれる行き先ってなんだろう?
幼い頃だったら、隣町にある大きな公園だったんだけどなぁ……。
小学校低学年の頃、けいちゃんは買ってもらったよそいきのワンピースを、いちばんに俺にお披露目してくれた。
その流れで、隣町の公園まで遊びに行こうってことになったんだけど……。
途中、雨上がりの道で、乱暴な運転の車が水たまりをはねていった。
とっさに俺はけいちゃんを守ろうとしたんだけど、よろめいてしまい、彼女といっしょにドブに落ちてしまった。
けいちゃんのワンピースをメチャクチャにしてしまった罪悪感で、俺は泣きそうになってたんだけど……。
彼女はニコッと笑って、こう言ってくれたんだ。
『ともくんいっしょなら、ドブの中だって楽しいよ』
はぁ……あのときのけいちゃん、天使みたいだったなぁ……。
いまは大天使だけど……。
「でもさすがに、いまのけいちゃんをドブに叩き落としたらマジギレされるだろうな。隣町の公園に連れてったところで、喜んでくれるとは思えないし……うぅ~ん」
考えている最中、ふと腹が鳴り、もっと大切なものを思いだした。
「あ、そうだ! メシだ! メシを忘れるところだった!」
危ない危ない。デートと食事は切っても切り離せない関係だ。
プレイスポットの前にメシを決めようと思ったのだが、ここで、もっと大きな壁にぶちあたる。
「けいちゃんって、どんな食べものが好きなんだ……?」
昔は、卵かけごはんが好きだって言ってた。
さすがにデートで卵かけごはんなんて食べさせたら、休み明けの俺のアダ名は『おたまはん』になってしまうだろう。
ギャルゲーにも食事に行くくだりはよくあるが、なにを食べているかの描写をしているものは少ない。
悩んだ俺は、インターネットに助け求めることにする。
すると婚活アドバイザーからの、こんな一文を見つけた。
『モテる男はフレンチ、中華、和食の3件を予約。女の子に予約していることは伝えず、どれが食べたい? と聞いて、スマートにエスコートする』
「な、なるほどぉ……!」
思わず目からウロコだった。
「そうか、ぜんぶ用意しておけばいいのか! そしたらけいちゃんをガッカリさせることもなくなる!」
俺の脳内に、驚嘆するけいちゃんの顔が浮かんだ。
『へぇ、あたしの好みにピッタシだなんて、やるじゃん八張。っていうか、ここまでスマートにエスコートされたのは初めてだよ。まさか運命の人が、こんなに近くにいただなんて……』
その妄想が、俺の背中を決定的なまでに押してくれた。
「よしっ、ぜんぶ予約するぞ! 相手はあの百戦錬磨の恋愛マスターなんだ!
俺はノートパソコンとケータイを駆使し、近場のデート施設を調べあげる。
予約ができるところは、すべて予約を入れておいた。
「キャンセル料で貯金がぜんぶ吹っ飛んじまうけど、けいちゃんのためなら惜しくないっ!」
これで、行き先のプランは万全だ。
となると次は、着ていく服だろう。
「ふふ。『服を買いにいくための服がない』なんてネタがあるが、俺にはそれは当てはまらないぜ。俺は中身こそオタクだが、外見はリア充にも引けを取らないファッションセンスがあるんだ」
さっそく部屋のクローゼットから、それらを引っ張りだして身に付けてみる。
鏡の前でポーズを取っていると、部屋の扉が開く。
隙間からムスッと顔を出したのは、妹のいちごだった。
「トモ、ゴハンだって言ってるっしょ。いい加減ゲームやめて……」
いちごは俺の姿を目にした途端、手にしていたおたまをカランと床に落としていた。
「な……なに、その格好?」
「なにって、堕天使スタイルだよ」
黒翼をイメージした、ファーつきの黒い革ジャン。
赤い英字が入った黒のワイシャツに、十字架のネクタイ。
シルバーのドクロがバックルに入ったベルトと、なんか紐みたいなのがいっぱい垂れ下がっている革ズボン。
「知ってたか? 黒とシルバーは堕天使の象徴なんだぜ?」
兄貴のあまりのカッコよさに、我が妹はすっかり言葉を失っていた。
やがていちごは、足元のおたまを拾いあげながら一言。
「いちごが男だったら、凍死寸前なくらい寒くてもその服だけは着ないかな。いや着たら逆に凍死しちゃうかも」
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