04 レイン交換大作戦2
04 レイン交換大作戦2
教室でふたりっきりとなった、智達と桂子。
それはただの偶然かに思えたが、違う。
両者の思惑が、完全に一致した結果である。
桂子のなかでは、安心と不安がないまぜになっていた。
――よ、よかったぁ……。ともくんが、教室に残っててくれて……。
ともくんは中学の時から、移動教室はいちばん最後に教室を出るんだよね。
相手のことをウォッチングしていたのは、智達だけではなかった。
桂子も、ともくんウォッチングと称し、密やかに智達のことを見つめていた。
†そう……! ふたりはまさに、深淵のような関係であったのだ……!
――あたしはもう決めたんだ。高校卒業までに、ともくんを攻略するって。
だからもう逃げない。
今朝の態度をともくんに謝って、ちゃんと話ができるようにするんだ。
そのために移動教室の時間を利用して、ふたりっきりになったのはいいんだけど……。
でも……でも……どうやって切り出したらいいのぉ~っ!?
その頃、智達も逡巡していた。
――みんながいなくなったところで、けいちゃんの椅子に頬ずりしようと思ってたんだが……。
思わぬところで、千載一遇のチャンスが来たっ……!
これを逃したら当分、けいちゃんとふたりっきりになれることはない……!
だから行くんだ、智達! さりげなく、けいちゃんにレイン交換を申し込むんだ!
動けっ……! 動けよっ、この身体っ……! いま立ち上がらなくてどうすんだ、この脚よっ……!
智達は力みすぎるあまり、椅子をヒザの裏で弾き飛ばすほどの勢いで立ち上がっていた。
喧噪の漏れ聞こえる教室に、椅子が倒れる音が響き渡り、桂子の肩がビクンと跳ねる。
「……羅舞っ」
智達は、たった3文字を発するのに、一生分ともいえる勇気を振り絞っていた。
「……なに?」
桂子は、振り向くだけで来世分までの勇気を使い果たす。
ふたりの動きは、錆びたロボットのようにぎくしゃくしている。
顔は強ばっており、声ははうわずっていたが、お互いがド緊張していたので気づかない。
桂子はついクセで、「キモ」と口から漏らしていた。
――ば、バカーっ!? あたしのバカ! バカ! バカ!
それは禁止ワードにするって決めたでしょーがっ!
せ、せっかくともくんが話しかけてくれたのに! これじゃ朝のときみたいに台無しになっちゃうよぉ!
桂子の表情は、クール系のギャル特有の斜に構えたものだったが、内心は大パニック。
なんとかして取り繕わねばと思い、とっさに思いついたワードを口にする。
「……キモ……っ玉が据わってるじゃない。あたしに話しかけるなんて。で、なんの用?」
「その、レインを……」
桂子は眉をひそめる。
――レイン……? ともくん、いまレインって言った?
レインって言葉はよく聞くけど、なんのことかよくわからなかったから、ずっと無視してたんだよね。
でも、ともくんから話しかけられた以上、無視するなんてありえねーし!
なんとかして話を合わせて、会話を弾ませないと!
でもでも、レインってなんだろう?
桂子は悩んだ挙句、唯一思い当たる『レイン』に話の照準を定めた。
「……ああ、レインね。濡れちゃうよね」
「ぬ、濡れる……?」
「うん。激しいとビショビショになるっしょ」
その答えに智達は表情こそ崩さなかったものの、内心は度肝を抜かれていた。
――濡れる!? 激しいとビショビショになる!?
けいちゃん、なんでこの流れでいきなり、下ネタをブッ込んできたの!?
いや、いくらなんでも、なにかの間違いだろ……!?
智達が否定しなかったので、桂子はホッとする。
――よ、よかった……。やっぱりレインって、雨のことだったんだ……。
でもなんでみんな、雨のことをわざわざ英語で言うんだろう? 流行ってるのかな?
でもでも、レインがなんなんなのか、わかってよかった……!
桂子はうれしくなって、ついつい余計なことまで喋ってしまう。
「小学生の頃とかはゴム(の長靴)してたけど、あれってガキっぽいよね。あ、八張ってばまさか、まだゴムしたりしてる?」
ちょっとしたからかいを交えることで、会話に弾みをつけようとする桂子。
しかし、智達はドン引きであった。
「え、あ、いや、その……」
「あっ、その反応、まだゴムしてるんだ。超ウケるんですけど」
クスクス笑う桂子が、智達には異星人のように映っていた。
――ま、間違いなんかじゃなかった……!
そ、そうか、俺たち高校生は、レインは友情を深め合い、あわよくば恋愛にまで発展させるツールとして使ってるのに……。
けいちゃんはそんなお子ちゃまみたいな使い方はしてなくて、即ハメツールなのか……!
なんか直結厨みたいだけど、これこそが『恋愛マスター』なんだ……!
ふつうの男子であれば、とても敵う相手ではないと思い、ここでレイン交換を断念して退散していただろう。
しかし、智達はあきらめなかった。
――俺はもう決めたんだ。けいちゃんをお嫁さんにするって……!
たとえけいちゃんが直結厨だってかまうものか、俺は彼女のすべてを受け入れる……!
だって俺は、けいちゃんが大好きだから……!
だからなんとしても、けいちゃんとレイン交換をしてみせるっ……!
しかしレインの話題を持ち出したというのに、桂子はケータイを取り出す素振りすらもしない。
せめて「あ、八張ってば、あたしとレイン交換しようとしてる?」くらい言ってくれればいいのだが……。
「八張ってばまだゴムなんだぁ~。ふぅん、そうかぁ~」
桂子はニヤニヤ顔で、謎のゴム煽りを繰り返すばかり。
智達は焦った。
――急がないと、授業が始まる……!
なんとかケータイを出させて、レイン交換の流れに持っていかねぇと……!
焦燥に急きたてられる智達。
しかしふと頭上に、ふたたびサルの神様が舞い降りた。
――そ……そうだ! 耳寄が教えてくれた、女子とレイン交換できる技があったんだ!
『恋愛マスター』に通用するかはわからねぇけど、いちかばちかだっ……!
桂子のからかいを遮るようにして、智達は仕掛けた。
「な……なあ羅舞、『ケータイ占い』って知ってる?」
「え? 知んない。なにそれ?」
「ケータイを見ると、その人のことがわかるっていう占いだよ」
「へぇ、そうなんだ。なんかじわる」
「俺できるからやってやるよ。羅舞のケータイ、見せてくれよ」
「うん、いいよ」
桂子はいつもはクールギャルを装っているのだが、いまは会話が弾んでいると勘違いしているのでご機嫌であった。
嬉しそうに、いつも持ち歩いているポーチをあさっている。
智達は拍子抜けしていた。
――す……すんなりオーケーが出た……!?
てっきり見透かされて、簡単にいなされるかと思ってたのに……!?
そう思うと同時に、さらなる胸の高鳴りを覚えた。
――初めて見る、羅舞のケータイ……!
トップシークレットが詰まってる、とんでもないケータイがいま、俺の目の前に……!
やがて「ほい」と差し出されたそれは、まったく予想だにしないものであった。
恋愛初心者の智達が、心臓が口から飛び出しそうになるほどの、それは……。
――が……ガラケーっ!?
し……しかも、メールすらもできなさそうな、大昔のやつ……!?
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