03 レイン交換大作戦1
03 レイン交換大作戦1
俺の通う『月麗高校』は、家から歩いて15分ほどの場所にある。
先に登校していたけいちゃんは、校舎へとつながる中庭を歩くだけで、何人ものイケメンたちから声を掛けられていた。
しかしけいちゃんはガン無視で歩いていく。
昇降口でギャル仲間と挨拶を交わしつつ下駄箱を開けていたが、中にはラブレターが入っていた。
「いまどきラブレターとか、超ウケる」
ギャルたちと笑い合いながら、通学カバンにラブレターをしまうけいちゃん。
俺はキモいと言われるのを覚悟で、彼女のことをいつも以上に凝視していた。
なぜならば、俺はけいちゃんを攻略するって決めたから。
朝の彼女の反応と、中庭でのイケメンへの対応からして、俺なんかが正面きって挑んでも返り討ちにあうのがオチだ。
なんとかして、攻略のきっかけを掴まないと……。
幸いなことに、俺とけいちゃんは同じ『1年B組』。
けいちゃんが教室に入るなり、クラスの全員が彼女に羨望のまなざしを向ける。
まだ高校に入って数日しか経っていないのに、けいちゃんはクラスの人気者だ。
みなが彼女に挨拶し、席につくなりリア充グループが集まってきて、彼女を中心に談笑をはじめる。
かくいう俺は誰からも相手にされず、ひとり寂しく席につく。
この学校には中学からの友達が数人いるが、みんな別のクラスだ。
することもないのでホームルームが始まるまで、けいちゃんウォッチングをしようかと思ったのだが、サルみたいな顔をした小柄の男子が立ち塞がってきやがった。
「八張ぃ。レイン教えてくれよ」
「なんだお前。動物園から逃げてきたのか?」
するとサル顔の男子は、ズコッと転けるようなリアクションを取る。
「サルじゃねーし! それに、俺の渾身の自己紹介を覚えてねぇのかよ! 特別にもう1回やってやっから、ちゃんと見とけよ!」
耳寄と名乗った男子は両耳をつまんで引っ張り、「
これがどうやら、『渾身の自己紹介』らしい。
「クラスでレイン交換してないの、あとはお前だけなんだよ」
レインというのは、ケータイのチャットアプリのことだ。
それで気づいたのだが、教室ではレイン交換が盛んに行なわれていた。
いまどきの高校生にとって、レイン交換は友達づくりの第一歩といえる。
友情なんて深め合ったところで、なんの意味もないのにな。
俺はその気持ちを、サルにも理解できるように伝えた。
「お前とレイン交換してなんのメリットがあんだよ」
「バカだな、俺の耳寄情報が欲しくないのか? 俺は前の中学じゃ、情報屋として通ってたんだぜ。俺の口利きで成立したカップルも数え切れないほどいるしな」
その言葉は、サルの神様からの天啓のように、俺の頭のなかに響いていた。
そうか、レインか……!
レインなら、けいちゃんとも気軽に話せるかもしれない……!
「なあ耳寄、お前、羅舞のレインって知ってるか?」
俺はがぜん食いついたが、耳寄は「なに言ってんだコイツ」みたいな顔をしていた。
「羅舞のレインを知ってるヤツなんているわけないだろ」
「え? さっきお前、俺以外のクラスメイト全員とレイン交換したって言ってなかったか?」
「羅舞は別格に決まってるだろ。羅舞のレインを知ってるのって、最低でも一流芸能人か、大会社の社長くらいなんだぞ」
そういえば、俺は長いことけいちゃんのことを見つめてきたが、彼女がケータイを取りだしてレインをやってるところを一度も見たことがない。
そのことを聞いてもないのに、耳寄は教えてくれた。
「羅舞のレイン友達には、アメリカ大統領や石油王までいるって話だぜ。みんな羅舞にぞっこんで、この国がひっくり返るようなトップシークレットを平気で教えてるらしい。だから、羅舞は人前じゃぜったいにレインをやらないんだ」
ざわっ……!
俺の背筋が泡立つ。
アメリカ大統領に、石油王、だと……!?
さ、さすがは『恋愛マスター』……!
日本だけにとどまらず、世界じゅうの一流の男たちを手玉に取るだなんて……!
俺は今更ながらに、挑む敵の強大さを実感した。
「当然ながら上級生たちも全滅だったらしい。イケメンで有名な生徒会長も、運動部のエースも、金持ちのぼっちゃんも、それどころか校長先生まで羅舞にレイン交換を申し込んだんだけど、ガン無視だったそうだ」
「そ……そうか……」
「あれ? お前もしかして、羅舞にアタックしようとしてる? 取り巻きにバカにされるだけだからやめとけって。それよりもレイン教えろって、お前にピッタリの女子がいたら紹介してやっからさ」
「あ……ああ……」
俺は流されるままにレイン交換をする。
その間、耳寄は女子とのレイン交換に使えるテクニックなどを語っていたが、俺はうわのそらだった。
言われてみれば、けいちゃんとレイン交換なんて不可能な話だ。
彼女にはギャル仲間というファンネルがいるから、近づくことすらできない。
ファンネルたちの前でレイン交換しようなんて言ったら、それこそ卒業まで笑われるのがオチだ。
ダメ元でやってみるにしても、せめてふたりっきりにならないことには……。
なんて思っていたのだが、そのチャンスは思いのほか早くやってきた。
ホームルームが終わったあとの一時間目は移動教室で、みんなは筆記用具と教科書を持って教室を出る。
ふと、けいちゃんの取り巻きのギャルが言った。
「あれ、ラブっちどうしたの?」
「あ、先行ってて、あたしリアルに用事あっから」
「用事? ならあたしらも付き合うよ?」
「いや、ガチでひとりで大丈夫だから」
取り巻きたちはけいちゃんと一緒にいたがったが、けいちゃんはきつい口調で断っていた。
聞き耳を立てていた俺は、用事ってなんだろうと思ったが、ふと耳寄との会話を思いだす。
……もしかして、まわりに誰もいなくなったときにケータイを取りだして、レインを見るのか……!?
だとしたらその時こそが、レイン交換を申し込む絶好のチャンスじゃないか……!
やがて教室から人がいなくなり、ついにけいちゃんとふたりっきりになった。
俺は気配を殺してその時を待ったが、けいちゃんは一向にケータイを取り出す気配がない。
それどころか彼女はもじもじしていて、じれったそうに太ももをこすり合わせていた。
そしてなぜか、
……ちらっ。
と俺のほうを見る。
しかし目が合ったとたんに、金髪が翻るほどに勢いで、しゅばっと顔をそらしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます