02 桂子の運命の人
02 桂子の運命の人
俺の家の前にいたけいちゃんは、俺と同じくらい驚いた様子だった。
その姿はさながら、舞い降りたばかりの天使が慌てているかのよう。
アイシャドウに彩られた、世界一美しい蝶のような睫毛を、はばたくように瞬かせている。
宇宙一の輝きを持つ、大きく澄んだ瞳はぱっちり、ぱちくりさせていた。
薄いピンクの潤艶リップはぽかんとしている。
そうやって意識外の表情をしているというのに、顔立ちは完璧なまでに整っていた。
天使の輪ができるほどのサラツヤの金髪、なびく毛先は金糸かと思うほどにゴージャス。
着崩した制服の胸元から覗く白い肌、短めのスカートが春風でふわりとめくれ、まぶしい太ももがチラ見え。
目、鼻、口、毛先やつま先に至るまで、すべてのパーツが魅力的な輝きを放ち、神々しさすら感じさせる。
同じ人間とは思えないほどの、完璧なる美だった。
毎日のように遠くから眺めているというのに、彼女はいつも朝の春風のように、僕に新鮮なときめきをくれる。
でもまさか、けいちゃんが僕の運命の人だったなんて……!
しかし同時に疑問に思う。
オヤジはたしか、運命の人の頭上には10個のハートが現われる、って。
そのハートが満たされているほど、告白の成功率があがる、って。
でもけいちゃんの頭上にあるのは、ハートじゃなくて星マークだ。
しかもぜんぶカラッポで、ちっとも満たされていない。
これってもしかして、ハート以前の愛情度っていうことなのか……?
けいちゃんは俺のことを、これっぽっちも好きじゃないってことか……!?
……いや、そりゃ当然か。
こんなキモオタなんて、恋愛マスターと呼ばれるギャルにとっちゃ虫ケラみたいなもんだろう。
現に、驚きから回復したけいちゃんは、目の前に毛虫が垂れてきたみたいな顔になっていた。
「キモ」
そう吐き捨てると、学校の方角に向かってそそくさと歩き去っていく。
これ以上ここいると、キモオタ菌が伝染るとでもいわんばかりに。
それはいつものリアクションなので、俺は傷付いたりしない。
いまの俺はむしろ、闘志に燃えていた。
だって俺はもう、否応なしに殻を破ってしまったんだから。
「よし、決めたぞ……! 俺は高校卒業までにけいちゃんを『攻略』するっ……! けいちゃんの愛情度をいっぱいにして、幼い頃の約束を果たす……! けいちゃんを、俺の嫁にするんだ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あたしは激しい自己嫌悪に耐えきれなくなり、路地裏へと飛びこむ。
脚はもうガクガク震えてて、壁に手を付いていないとへたりこんじゃいそうだった。
「ば……バカバカ! あたしのバカっ……! なんでまた、ともくんにあんなこと言っちゃうの……!? 高校に進学したばかりのいまこそ、仲良くなるチャンスなのに……!」
あたしは昨晩から綿密な計画を練っていた。
朝、ともくんの家の前を偶然通りがかったフリして、こう言うつもりだったんだ。
「あ、
それで、ともくんといっしょに通学。
学校まで半分まで来たところで、もうワンステップあげるつもりだった。
「こうしてると、昔に戻ったみたいだね。八張……いや、ともくん」
それでそれで、子供の頃の話に花を咲かせて、校門のところで、こう言うんだ。
「ともくん、あの約束覚えてる? 幼稚園の頃、大きくなったらあたしをお嫁さんにしてくれるって言ったっしょ? あたし、まだ待ってるんだけどな~?」
……って、キャーッ!!
想像するだけで、あたしの全身が燃え上がるように熱くなる。
火照った顔を押え、ひとりでジタバタしてしまう。
しかし次の瞬間には現実がのしかかってきて、あたしはガックリと肩を落とした。
「はぁ……そのはずだったのに、ともくんを見たら緊張しすぎちゃって、またひどいこと言っちゃったよぉ……。これ以上、ともくんに嫌われちゃったりしたら、あたし……」
中学にあがったばかりの頃、あたしはママに叱られた。
あたしの家系は平安時代の美女、
それなのに小学校を過ぎてもボーイフレンドのひとりもいないなんて、一族の面汚しだって。
それからあたしは恋愛神の力を借りて、運命の人が見えるようになった。
その運命の人はともくんで、あたしはすごく喜んだんだけど……。
「ともくんの頭の上にはハートじゃなくて星マークがあって……でもまあいいかと思って、あたしなりにともくんにアプローチしてみたんだけど……」
でもともくんってばカッコ良すぎるから、彼の前だとどうしても緊張しちゃって、ずっと失敗続き。
中1の終わり頃、ともくんが『ぎゃるげー』ってのにハマってるって話を聞いた。
それはギャルがいっぱい出てくるゲームに違いないと思って、あたしは思い切ってギャルになったんだ。
「ともくんが好きなギャルになれば、それをきっかけに仲良くなれるかと思ったのに……」
ともくんは潮が引くみたいにあたしから離れていき、どんどん手の届かない存在になっていった。
†もうお気づきかもしれませんが、この子は見た目に反し、かなりのアホ……いえいえ、天然なのでございます。
あ、申し遅れました。わたくし、桂子の守護神の惚小町でございます。
「高校生になったタイミングで、また昔みたいに話せたらと思ったのに……。ともくんってば高校生になってから、ますますカッコ良くなっちゃって……」
いまじゃもう、目が合うだけで心臓がドカンってなっちゃうんだよね。
さっきは不意打ち気味に、ともくんと目が合っちゃったから、びっくりして死んじゃうかと思った……。
「はぁ……また嫌われちゃったかなぁ……。愛情度とかいう星も、なにをやっても全然増えないし……」
†もうお気づきかもしれませんが、愛情度はもう『裏モード』に突入しているのでございます。
これすなわち、ハート10個が最大値まで貯まったあと、やりこみ要素として現われるものなのでございます。
我ら一族において、ここまでハートを貯めた者はいまだかつておりません。
告白の成功率は1000%、あとは告白さえすれば、生涯の幸せが約束された最高の伴侶となれるのですが……。
あたしの肩で、ひな人形みたいな女の人が衝撃の事実を語っているとも知らず、あたしは決意を新たにしていた。
「よぉし、決めたぞぉ……! あたしはともくんを、高校卒業までに『攻略』するっ……! ともくんの愛情度をいっぱいにして、幼い頃の約束を果たす……! ともくんの、お嫁さんになるんだ……!」
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