恋愛マスターと呼ばれた幼なじみのギャルが、俺を攻略してくるんですが
佐藤謙羊
01 智達の運命の人
01 智達の運命の人
「子ガチャに失敗した」
これは、俺が高校生になって数日後、オヤジから呼び出されて言われた言葉だ。
「それはこっちの台詞だクソオヤジ。学校があるからもう行くぞ」
オヤジは革張りの椅子に腰掛け、背を向けたまま俺を呼び止めた。
「待て、
「そうか、俺は橋の下で拾われた子だって言いたいんだな。いままでオヤジから聞いたなかで、いちばん嬉しい言葉だぜ」
「違う。お前は私のかわいい息子だ」
「だったらずっと家にいろよ。いちごはまだ小学生なんだぞ」
「私がこの家に戻ってくるのは、なぜかわかるか?」
オヤジは、俺と妹の入学式と卒業式の時期だけ、家に帰ってくる。
それから数日滞在したあと、またふらりといなくなるのだ。
「そりゃ、卒業式と入学式に参列して、保護者ヅラするためだろ?」
「違う。お前やいちごのモテっぷりを見るためだ。卒業式といえば、告白のシーズンだからな」
「なんだそりゃ」
オヤジは椅子を回して振り返ると、グローブのように大きな手のひらで書斎机をバンと叩いた。
「いちごは小学校の卒業を待つまでもないくらいモテモテだ! きっと卒業式の日には、伝説の樹の下に行列ができることだろう! それにひきかえ智達、お前はなんだ!?」
オヤジが認めるほどに、妹はモテる。めちゃモテってくらいに。
まだ小学生だってのに雑誌の読者モデルをつとめ、大学生の彼氏が何人もいるっていう噂だ。
ちなみにオヤジもまわりから言わせるとナイスミドルらしい。
あちこちで女を作り、家には数年にいちどしか帰ってこないクソオヤジだ。
「我が一族は平安時代の皇子、
「いや、俺は現実の女に興味ねーんだよ」
「英才教育になると思って、幼い頃から『ギャルゲー』で遊ばせていたのが失敗だったか……!」
「あれ、英才教育だったのかよ」
俺はガキの頃からずっと、美少女たちと恋愛するゲームばかりやらされていた。
おかげで、どこに出しても恥ずかしくないオタクに育ってしまった。
オヤジは叩きつけた手を握りしめ、悔やむように「クゥ」と唇を噛んだ。
「おかげで『恋愛神の力』を借りることになってしまったではないか……!」
「『恋愛神の力』? なんだそりゃ」
「我が一族の人間は、非モテのまま15歳の4月、
†そう……! すでに我は降臨している……!
智達の肩に……! だが我の姿は、人間には見ることができないのだ……!
俺の肩に、ひな人形のようなご先祖様がちょこんと乗っているとも知らず、俺は鼻で笑った。
もうそろそろ家を出ないといけないのだが、もう少しだけオヤジのヨタ話に付き合ってやることにする。
「ほーん、で、その神様とやらは俺になにをしてくれるんだ? 恋人でも紹介してくれんのか?」
「その通りだ。惹源氏様の力によって『運命の人』が見えるようになる。運命の人というのは、結ばれると一生健やかにラブラブできるという、最高の相性を持つ異性のことだ。本来は我が一族の人間であれば、遅くとも中学の卒業までにその異性を自然と『攻略』していなくてはおかしいんだ」
「攻略って、ゲームかよ」
「ああ。運命の人が現われると、その人の頭上に10個のハートマークが見えるようになる。そのハートがより多く満たされているほど、告白の成功率があがるんだ」
オヤジは神様の話どころか、とうとうゲームみたいなことを抜かしやがった。
さすがにバカバカしくなって、俺はオヤジに背を向ける。
「待て、智達! 運命の人が現われたら、その人を攻略するんだ! くれぐれも、恋愛神の力を借りておきながら非モテを貫くなど、一族の顔に泥を塗るようなマネをするんじゃないぞ!」
「考えとくよ。その人がギャルゲーキャラより魅力的だったら、やってもいいかもな」
まだなにか叫んでいるオヤジを無視し、俺は書斎をあとにする。
廊下に出てすぐに、自分の言葉を反芻した。
「ギャルゲーキャラより魅力的な人、か……」
実は俺には、好きで好きでたまらない人がいる。
隣に住んでいる幼なじみの女の子、
小学校低学年くらいまでは、俺は彼女のことをけいちゃんと呼び、毎日いっしょに登校していた。
しかし学年が進むにつれて疎遠になって、同じ中学、そしてこの春も同じ高校に通うことになったというのに、長いこと挨拶すらしていない。
そして決定的に離ればなれになったのは、中学1年の2学期のことだ。
けいちゃんはずっと、校則のお手本みたいな格好だったんだけど、夏休みのあとでギャル化した。
地味だった時でも、けいちゃんは男子からの人気が高かった。
それがギャル化したことでさらに火が付いた。
学校じゅうどころか、他校のイケメンから告白されまくり、妹と同じで読者モデルなんかをするようになって……。
今では『恋愛マスター』とまで呼ばれるようになり、俺たちみたいなガキはいっさい相手にしなくなった。
噂によると、人気絶頂のアイドルや新進気鋭の若社長などの、一流の男たちと何人も付き合っているらしい。
もはや俺にとってけいちゃんは、近くにあるのに手が届かない高嶺の花。
いや、エベレストを登りつめても手にすることができない、おぼろ月……。
不釣りあいにもほどがあるから、俺は殻に閉じこもることを決めた。
リアルという名のクソゲーのヒロインども捨て去り、二次元という名の良ゲーのヒロインを愛でる、オタクという名の殻に。
俺はもう、この殻から出るつもりはない。
卵のなかで一生を終える雛鳥のように、夢だけを見ながら死んでいくんだ。
ちょっとセンチメンタルな気持ちになりながら、俺は通学カバンを背負い、靴を履いて玄関を出る。
日増しに強くなりつつある日差しに目を細めるつもりだったが、俺の目は全開になっていた。
そして、ある音を耳にする。
……どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
それは、塗り固めた石膏のように俺をガチガチに覆っていた殻が、爆破されるように弾け飛んだ音だった。
家の門の前に立っていたのは、俺の正気を吹き飛ばすにはじゅうぶんの、ダイナマイト級の人物。
「ら……羅舞……!?」
思わず漏れた声すらも、裏返るほどだった。
いや、彼女に会ったというだけで、普段はここまで衝撃を受けたりしない。
家が隣同士なんだから、こうやってニアミスすることは多々あるからな。
俺がこんなにも我を忘れていたのは、彼女の頭上に信じられないものが表示されていたからだ。
『運命の人が現われました!』
なんていうゲームみたいな半透明のウインドウと、
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ギャルゲーの愛情度を示すような星型たち。
それらがキラキラと輝き、まるで桜の花びらのような光の残滓をあたりにまき散らしていたからだ。
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