③
「じゃあちょっと待ってて」
ルックは言うと、垂直に跳び上がって、木の枝にぶら下がった。そして軽々と身を枝に乗せると、自分の武器を持って降りた。ルック愛用の大剣だ。
「ずいぶんと大きな剣だね。魔法剣かい?」
ビラスイが聞く。ルックはそれで一つ思い付いた。
「あ、そうだ。これは魔法剣だけど、この剣の能力は使わないよ」
余裕を見せるルックに、ミーミーマはこれだから男の子は、と小さくぼやいた。それが聞こえたルックは、確かに挑発的な発言すぎたと思い、苦笑いした。
ルックは剣を抜いて、カミアも棒を構えた。長い棒だ。ルックを殺さないためではなくて、元々棒術使いなのだろう。他の十八人は二人を囲むように円を作った。
「じゃあ、どうぞ」
ルックは落ち着いた声で言った。
それを合図に、カミアは地を蹴ってあっという間にルックに肉迫した。なかなかのスピードだ。ルックのチームの大人には及ばないが、手練れと言っていい。リリアンに会う前のルックだったら始まったと同時に負けていただろう。けれど今のルックには、全てがしっかり見えていた。
腰を屈めて走りくるカミアは下段に棒を構えている。そのまま足払いをするか、振り上げて体を狙うか、どちらにしろルックは、カミアを近づける気はなかった。
「石投」
カミアが地を蹴った瞬間、ルックは左手を前に出して魔法を放った。早打ちとは思えない数十の小石がカミアに向かって飛んでいく。放射状に広がっていくその石投をかわしきることはまず不可能だ。カミアは腕で顔をかばいその石投を受けた。もちろんカミアの足は止まる。ルックはその隙にマナを集めて、地に手を突いて次の魔法を放つ。
カミアの立つ地面が突如ぬかるんで、カミアはそれに足を取られる。ルックが使える二番目に難しい地の魔法、流土だ。今までは剣のマナを使わないと使えなかった魔法だが、ほとんど時間をかけずに放つことができた。周りの大地の魔法師から驚きの声があがる。
「なんの!」
カミアは持ち前の大声を発し、地面に棒を着いてすぐに流土でぬかるんだ地帯から飛び出る。ルックはカミアの着地地点に一足飛びに近寄って、大剣で突きを繰り出す。カミアは棒で辛うじてその突きを受けた。しかし、体勢が余りに悪い。地に足を着けてすらいなかった。
カミアはルックの突きに押されて飛ばされる。
それはルックの突きの勢いのすごさを物語るものだった。カミアはかなりの距離を宙で過ごした。
カミアが地に足を着けると、間髪入れずにルックが追いつき、上段から剣を振り下ろす。カミアは棒の端と端を手で押さえ、それを受ける。
ハルト鉄というとても強度の高い金属でできたカミアの棒が、軽くしなるほどの衝撃に、カミアは思わずひざを地に着いた。
ルックはすぐさままた跳び離れる。元々体術が苦手だったルックは、次々と技を繰り出すことを嫌ったのだ。下手に深追いすれば、カミアの棒術に足下をすくわれかねない。
一端距離を置いたルックは、すぐにマナを集めて石投を放った。相手に水のマナを溜めさせないためだ。しかしカミアはその石投を避けず、その場に止まってそれを受けた。
どうやら石投を受けてでもマナを溜めたいようだ。ルックはそれに乗って、自分もマナを集め始めた。水の魔法はルックの目があれば恐くないと踏んだのだ。カミアはあくびが出るほど長い時間マナを溜めて、地に手を着いた。
黄色い髪が手を地に着いたなら、ほぼ間違いなく水魔だ。
ルックは溜めたマナを巨大な石投にしてカミアに放ち、地を蹴ってその場を離れる。しかし水魔が立ち上がるかと思っていたルックは、冷や汗をかくことになる。
「うわっ」
ルックが立っていた地面を中心に、広範囲に渡って流土の魔法が襲ったのだ。水魔を避けるために少しその場を離れただけだったルックは、見事に足を取られた。カミアは例外者だったのだ。
ルックがしりもちをつくと、すかさずカミアは地を蹴って、巨大な石投を避けつつ再びルックに肉迫してきた。棒をルックの目の前のぬかるんだ地面に突き立て、それを軸に体を回し横薙ぎの蹴りを放ってくる。
ルックはとっさにマナを溜めて、自分のいる地面に掘穴を放つ。穴に落ちることで辛うじてその蹴りをかわしたのだ。穴の中に落ちたルックは、すぐにマナを溜めてまた掘穴を放つ。カミアの棒が、穴の中に突っ込まれてルックに打撃を与える寸前、ルックはより深くに落ちて難を逃れた。そしてルックはまたすぐにマナを集めて、自分の上、丸く覗いた空に向かって石投を放った。かなり大きな石投だ。
ルックは舌打ちをする。石投をルックと間違えて何か行動を起こしてくると思ったが、予期されていたのか何も起きない。出てくる瞬間を狙ってないとすると、相手は地の魔法師だ。ルックのいる穴ごと巻き込んで攻撃してくるかもしれない。ルックは一か八か穴を飛び出さざるを得なくなった。
ルックはもう一度石投を作り空に放って、それを追うように穴から飛び出した。間一髪、ルックのいた穴から、なんと水魔が立ち上がった。それほど威力は強くないが、直撃したらただでは済まない。
ルックは、カミアがルックを殺すつもりだったのかいぶかしむと同時に、溜めるのに時間はかかるが、彼が二つ以上のマナを扱えることに驚いた。滅多にいない例外者だ。
穴から飛び出てまず目に付いたのは、息を切らしているカミアの姿だった。どうやら二つの大きな魔法に、かなり参っているようだ。疲れで加減を間違えたのかもしれない。
ルックはもうこの戦闘を長引かせることをやめた。カミアの体力的にもそろそろ限界だと思ったのだ。流土の魔法の効果はもう切れているようで地面は固い。ルックはタイミングを慎重に見計らって、足に瞬間的にマナを集めた。アラレルには及ばないものの、かなりのスピードでルックは突進をした。アラレルの型を真似た突きだ。カミアの目が見開かれるのをルックは見た。それと、ルックの剣がカミアの頭のすぐ脇を突き抜けるのと、どちらが速かっただろうか。
勝負が着いたのは、誰の目からも明らかだった。
「お、おう、これはたまげた。シュールはどんな育て方をしたんだよ」
ラテスの声が、戦闘の終わりを示す合図となった。カミアはそのまま地面にしりもちをついて、持ち味はどこへやら、小さな声でルックの健闘をたたえた。
「すまねえ。水魔は加減を間違えた」
「あはは、あれには驚いたよ。ありがとね、いい勝負ができた」
ルックは剣をおろして右手のみに持ち替え、左手をカミアに差し出す。カミアはそれを手にとって立ち上がる。
「全く、カミアはなんてことをしてるんだい。あんたは魔法なんてほとんど使えないはずだろう。寿命が縮むかと思ったよ」
「ああ、悪かった。しかしたまげたよ。ルックはもしかして、アルの子孫じゃないだろうな」
重ねて謝ったカミアは、ルックには予想外の発言をした。体に付いた土を払っていたルックは、その手を止めてまじまじとカミアを見た。
「まさか、ここにいるみんな、アルの子孫が誰か知らないの?」
ルックの言葉に、周りにいた十九人は一斉に驚きを示す。
「君は自分の言葉の意味が分かっているのか? アルの子孫ということは、この国の国王陛下ということになるんだよ。まさか生きているっていうのかい?」
全員を代表して、ビラスイが聞く。ルックはそれに思わず天を仰いだ。
「まさかそんなことも知らなかったなんて。今じゃアルテス人だって知ってるよ。全く、本当にそんな情報力で行動しようとしていたの?」
とにかくルックは、このチームに一番欠けているものが情報だということに確信を持った。
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