②
「そっか。よく分かったよ。ミーミーマが声を荒げるのももっともだね。結論から言っちゃうと、ビラスイは少し間違えてるよ。あとラテスもね」
ルックは瞬時にたくさん考えを巡らせて、どう彼らに伝えるべきかを整理した。ラテスはルックの言葉に明らかに不快そうな顔をしている。
「もしアラレルが自分の命と引き替えにアーティスを勝利に導いたら、それを名誉だと言える?」
ルックの歳の割に落ち着いた話し方に、ビラスイは話を聞こうと考えたようで、しっかりとそれに答えた。
「ああ、思うよ。それは大変な名誉だ」
ビラスイはルックの目を見て、歳の離れた少年を対等と見なしていた。ルックはそれを感じよく思った。
「暗い話だけど、ビースはカンもヨーテスも打ち倒すつもりはない。だから、いずれカンはまたアーティスに攻め入ってくる。だから、一人でも多くこの戦争じゃ生き延びなきゃいけないんだ。……次の戦争のために」
「ふーん、そうか、ルックはまだ分かってないんだね。僕も君くらいのときはそうだった。それは理想論なんだよ。確かに君の言うことは正しいかもしれない。けど、僕たちがもし百人を討ち取れたら、他のアーティス人が二百人生き延びるかもしれないんだよ」
「ははは、まあガキの言うことなんてそんなもんだ」
ビラスイに対する感じがいいという評価も、またルックは百八十度改めた。さらにラテスにはもう目も当てられないと思った。ルックを擁護しようとした若い女性を制し、ルックは口を開く。
「そっか、うん。確かに僕は十三だからね、あなたたちよりは年下だ。だから遠慮をしていたところもあるけど、それじゃあ分からないみたいだね。
まず、スニアラビスには食糧は余るほどある。ビースがこっちに兵数をあまり寄越さなかったのは、三百の兵を五百にも千にもする切り札があったからだ。
この一団が真っ先にするべきは、スニアラビスの砦の籠城戦に参加して、戦闘をできる限り引き伸ばすことだ。そしてシュールたちシェンダーの援軍を待つ。敵は二千だからね。さすがに僕たちだけじゃ乗り切れない。例えあなたたちが二千の内の百を削ったところで、それこそ焼け石に水だ。
何もかも考えが足りてないんだよ。ビースを知ってるって? 確かにビースは敵の数を予想していたらしいよ。でもそこに自信があるなら、ビースの作戦に黙って組み込まれてればいいじゃないか。そうしないのは、ビースを信用していないってことじゃないの?」
饒舌に否定をしてくるルックに、ビラスイは急にしどろもどろになった。ルックみたいな少年は軽く丸め込めると思っていたのだろう。
「それはその、確かにそうかもしれないけど、僕たちはビースが何を考えていたか知り得なかったし、しょうがなくないかな」
「情報は大事だよ。確かな情報もなしに行動するのは、明らかな愚行だよ」
「おうガキ、ずいぶん大層な口をきいちゃいるが、お前はその発言にどんだけ責任が持てるって言うんだ」
ビラスイを擁護しようとラテスが言う。
「じゃあラテスは、ミーミーマや仲間の命にどれだけ責任が持てるって言うの?」
ルックはそんなラテスを簡単にやりこめる。ラテスは二の句が接げなくなって、口をぱくぱくさせて黙った。
「確かに君を子供扱いしたのは間違いだったよ。でもじゃあ君が僕たちの状況だったらどうするんだ?」
やぶにらみのビラスイは、言い負かされたことに余計顔をしかめて言う。他の面々も、ルックの口が達者なことに感心しているようだった。
「さっきも言ったけど、即刻スニアラビスの砦に合流するべきだよ。でもそっか、そうするとカン・ヨーテス連合軍に鉢合わせしないように、大回りしてかなきゃいけないね。それだと時間がもったいないかもね」
ルックは実は、先ほどのラテスの言葉を気にしていた。自分の発言にどれだけ責任が持てるのかというものだ。思わずかっとなって言い返したが、確かに少し無責任な発言だった気もする。だから彼らを無視して自分だけスニアラビスに戻る気にもなれなかった。それにスニアラビスには持ち帰るべき大した情報もない。彼らの身の振り方をどうするべきか、ルックは真剣に考え出した。
ルックを含めても二十の戦力では、陽動に使うこともできないし、闇討ちを仕掛けたところで実際百人は討ち取れないだろう。やはり時間をかけてもスニアラビスに合流するのがいいような気もする。
「あっ、もしかしたらもう少し戦場のそばまで寄って、門が破られたときに後ろから攻めて混乱させるのもいいかもしれない」
「それじゃあ、門が破られることは必須なのかい?」
ビラスイの問いに、ルックは自分もスニアラビスの現状を把握していないことに気付いた。これだと先に自分が否定したことを自ら繰り返すことになる。
「うん、僕が向こうを出た五日前の状況だとね。とりあえずやっぱり情報が足りないな。僕がひとっ走り行って、情報を集めてくるのがいいかも」
今ではすっかりルックの言葉を聞く気になっていたビラスイだったが、その言葉には反論した。
「それじゃあ余計時間がかかるよ。ここからスニアラビスまで、多分六日は距離があるよ」
「六日? 七日はあるんじゃないかな?」
あっけらかんと言うルックの言葉に、今度はミーミーマが口を出してきた。
「七日ならなおさらじゃないの。それにあなたみたいな若い子にそんな危険なことはさせられないわ」
「マナで走れば一日で着くよ。それに、僕は多分この中で一番強いと思うよ」
自信過剰に見えるルックの発言に、やはり年相応なのかと、ミーミーマは困った表情をした。個人差はあっても、やはり歳が若ければ若いほどマナの使い方はうまくない。土像と巨土像ほどの差はないから、そこまで差は出ないにしても、体格で多少体術にも差は出てくる。成長途中のルックは小柄な大人よりもまだ一回り背が低い。だからどう見ても、ルックがここにいる誰よりも強いとは思えなかったのだ。
ただルックはこの一団にそれほどの強者がいないことを知っていた。ビースがそう話していたのだ。リリアンから教わった体術があるルックには遅れをとらない自信があった。
「そっか、信じられないよね。じゃ、この中で一番強い人は誰?」
「この中で? それだとカミアね。そっちの黄色い髪のおじさんよ」
「おいおい、おじさんってなぁ、俺はまだ三十代だぞ。それにミーミーマ、俺よりはお前の方が強いだろう」
「あら、ルックは十三だって言ってたのよ。三倍も生きてるあなたなんておじさんよ」
カミアと呼ばれたアレーは、どことなくドゥールに似た、狂ったような目をした声の大きい人だった。ドゥールと違って彼の場合は本当にどこか少しおかしいのかもしれない。極端なほど、明らかに場に不釣り合いな大声だ。
「そっか、じゃあつまり二人の内のどっちかが一番ってわけなんだ。それならカミアがいいかな」
「あら、カミアは無理よ。絶対偵察には向かないわ。聞いての通り馬鹿みたいな大声だから」
ミーミーマはカミアと仲がいいのか、からかい口調でそう言った。しかしルックが考えていたのはそういうことではなかった。
「ううん、カミアでいいや。少し僕と手合わせしてくれないかな」
ルックはリリアンとグランのときの再現をしようと言うのだ。もちろんあのときほど圧倒的な差を見せつける必要はない。純粋に勝てさえすれば、皆ルックがただの大口ではないと分かるはずだ。ルックの発言にはミーミーマは呆れたようだった。しかしそれくらいは別に害はないと判断してか、特に何も言わなかった。
ラテスなどは、まだルックを信用していないようで、内心ルックが負けることを期待しているのが手に取るように分かった。
「おう、やってみればいいじゃねえか? 面白そうだ」
子供を相手にするとあって、カミアだけが少し不満そうだったが、他からは全く異論は出てこなかった。
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