『青髪の指揮官』①

   第二章 ~大戦の英雄~


『青髪の指揮官』





「ちょっと大回りしすぎたんじゃないか?」


 アーティス北部、平野に立つ針葉樹で野営していたルックは、下から聞こえる話し声で目を覚ました。


「まあ、見つかってしまって無駄死にこくよりゃましさ」


 日はまだ暗くて、それほど長い間眠っていたわけではなさそうだった。

 ルックは落ち着いて、下の話し声に意識を傾けた。枝が多くて、葉の生い茂る木なので、ルックは下の人たちが見えない。敵ならやり過ごすか、ここで打ち倒すかするべきだ。


「まあ、そうだね。私たちが全滅したら、誰もロチクの勇士を語り継げない訳だしね」


 しばらく話を聞こうと息を殺していたルックは、いきなりどこかで耳にしたはずの名前を聞いた。そう多い名前ではないし、ロチクという名は必ず手がかりになるはずだ。


「はは、まるで俺たちの誰かが生き残れるような発言だな。覚悟が足りない。これだから若い者はいただけない」

「あら、私だって死にたいだなんて思ってないわ。希望を捨てて何になると言うのよ? それとも私まで若い者に入れていただけるのかい?」

「おう、要するに女がだめだと言うことか。戦士として、フォルとして、恥ずかしくはないのか」

「なめんじゃないわよ、じゃあロチクは女じゃなかったって言うの? 自分が怖いのを隠そうとしているんでしょうけど、そんなのは通用しないわ」


 ルックはようやくロチクという名前をどこで聞いたのか思い出した。そして、語気をあらげていた男がフォルと言ったので、ルックは彼らが誰かを確信した。

 アーティス北部で出現したルーメスの討伐に、ビースが一団を投入したということだった。そしてシュールと話をしているときに、ロチクという影の魔法師がいると言っていた。ルーメスを討伐に向かった集団、そのアレーたちが彼らなのだろう。


 ルックはどうするべきかを少し考えた。下ではまだ口喧嘩のようなやり取りが続いている。気が立っていたら声をかけても、自分がアーティス人だと証明できないと剣を抜かれかねない。

 しかし彼らがここで夜を待とうというなら、時間を無駄にするわけにもいかない。ルックは意を決して声をかけた。


「すいません。僕は昨日ここで野営した、ルックです。スニアラビスの砦から伝令として出ているんですけど、今から降りるので少し場所を空けてください」


 穏やかに聞こえるようにルックは努めたが、それでも下の気配は少し警戒しているようだった。

 ルックは枝からそのまま垂直に飛び降りた。下には二十人近いアレーがいる。皆、すぐに戦闘態勢に入れるように身構えていた。ルックは彼らに警戒心を与えないように、いつもの大剣を枝の上に置いて来ていた。全くの丸腰だったが、アレーならそれだけで警戒されるものだ。

 ルックを取り囲む形になった一団は、まだ少年だったルックを見て多少警戒を緩めたようだ。


「おう、お前がアーティス人だって証明できるものはあるのか?」


 声からして、先ほど喧嘩をしていた男とおぼしきアレーが、ルックに問いかけてきた。結構な偉丈夫で、ルックのことを見下すような横柄な口調だ。


「先ほど、あなたたちがロチクという女性の話をしていましたけど、それは影の魔法師です。僕は実際会ったことはないけど、僕のチームのシュールが彼女とは知り合いのようです」


 ルックは言って二十人ほどの集団から黒髪の女性を探した。しかし、彼らの中に黒髪の者はいなかった。

 ルックはロチクが例外者なのかとも思ったが、周りのアレーたちの表情から、すぐに何があったのかを悟った。


「そっか、ロチクは亡くなったんだ」

「ああ、そうだ。まあ、シュールのチームに子供がいるというのも聞いたことがあるし、そこまで個人的な情報を知っているなら、君がアーティス人だという証明になるだろうな」


 理知的な口調で、二番目に声を聞いた男が言った。やぶにらみの険しい表情をした、背の高い男だ。


「おう、そうだな。全くシュールの奴は残念がるだろうな。待たせたあげくのこれなのだからな」


 横柄な口調の男が言った。彼は見た目の雰囲気も、口調も、とても傲慢そうに見えたが、そのことを言ったときには沈んだ声で残念そうに言った。


「待たせるって、何かシュールと約束があったの? 良かったら伝えておくけど」


 ルックは周りの暗い空気に合わせて、抑えた声でそう申し出た。


「おう、ロチクはシュールと結婚の約束をしてたんだ」

「結婚? 知らなかった。シュールが婚約していたなんて」

「だろうな」


 ルックは男の話をそこまで聞いて、話の内容に何か引っかかるものを感じた。


「おい、ラテス、そんな話はどうでもいいだろう」


 ルックはまだ質問をしようと口を開いたが、そこに理知的な男が割って入った。少し焦って話を遮ったようにも見える。

 ラテスと呼ばれた横柄な男も、何かに気付いたように少し慌てた様子で口をつぐんだ。ちなみにラテスという名はとてもありふれた名前で、義足の男と彼はもちろん何の関係もない。


「ああ、紹介が遅れたな。僕はここで暫定的なリーダーをしているビラスイ。それでこっちがラテスで、さっきラテスと喧嘩をしていたおばさんがミーミーマ。それでこいつが」


 ビラスイはそんな感じで仲間全員を紹介し始めた。彼らは全部で十九人いて、とても全部は覚えきれるはずがなかった。ルックは明らかに何かを隠そうとしているビラスイを呆れ顔で見ながら、黙って話が終わるのを待った。


「そっか、分かりました。それでビラスイたちはここで何をしてたの? 北部に出たって言うルーメスは倒したんでしょ? だったら報告に首都に向かうはずじゃ」


 ルックは少しいぶかしみながらも、思慮の深そうなビラスイが黙っていたことに深く追及しようとはしないで、話題を変えた。ビラスイは自然な表情を保っていたが、隣でラテスが明らかにほっとした顔をしたので台無しだった。


「ああ、そうだ。僕たちはここよりももっと東の畑で、ルーメスを討った。……ロチクの命と引き替えにね。

 それでそのあと近くの村に寄ったとき、開戦の話を聞いた。だから僕たちはスニアラビスに直接合流しようと考えたんだ。けど、途中で敵軍の人数を小耳に挟んだんだ。二千だの三千だのが攻めてきているんだろう?

 それで少し作戦を変更した。僕たちはビースを知っているし、彼がこの事態を計算していなかったとは思えないという結論に至ったからだ。つまりスニアラビスにたった三百しか軍を置かなかったのは、そうせざるを得ないからなんだ。食糧が多分足りないんだろう」


 そこまでビラスイの話を聞いたルックは、当然、ビラスイの予想がかなり的外れなことに気が付いた。


「だから僕たちがスニアラビスに赴いたところで、邪魔になるはずなんだ。だったら僕たちは夜、敵の背後から奇襲をかけようと決めた。夜襲ならうまくいけば、僕たちの人数でも、百人近くを打ち取れるかもしれない。まあ、きっと誰も生き残れないだろうけど、名誉ある死だ」


 ビラスイが話し終えたときには、ルックは理知的というビラスイの評価を百八十度改めていた。

 それはリリアンがルックに言った言葉のせいもある。国のために命を捨てようと熱っぽく語る彼を、ルックは冷ややかな気持ちで眺めていた。

 もちろんこの一団の中にも、ルックと同じ気持ちの人はいるようで、さっきラテスと口論をしていたと思われる中年の女性は呆れたように肩をすくめていた。

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