④
ルックはビラスイたちと一度別れ、再びスニアラビスに向かって駆けた。スニアラビスの戦況を見るためだ。片道で一日。帰りはビラスイたちに少し近付いてくるように指示したから、きっと半日くらいで着く。あとはルック自身が敵に出くわさないように気を付ければいい。
ルックは自分が速く動けるようになって、さらに短時間で魔法が扱えるようになったことで、自分が強くなったと考えていた。
実際間違いという訳ではない。ルックは確かに強くなった。だが、ルックはルックが思っていたほどには自分が強くないことに気が付いた。
ルックが試合をしたカミアは、彼のチームの大人たちなら歯牙にもかけないような戦士だった。けれど自分にはまだ決め手を見極めきれない甘さがあった。どこまで踏み込んでいいのか、加減が難しい。それに純粋な体術の切れは、明らかにルックが劣っていた。ライトならもっと楽に勝利できていただろう。
ルックは自分の延びしろが見えて、しかしそれを鍛える時間がないことを歯がゆいと思った。そして、そんな暢気な考えを持ったことで自嘲した。
今はそれよりも、全身全霊で敵の気配に気を配らなくてはいけない。
ルックは駆けながら、前方の様子に注視した。アーティス北部は、延々と平野が続いているというイメージを持たれがちだが、所々には背の高い木もある。どこに敵が潜んでいるとも限らない。
ルックは非常に軽快に歩みを進めていた。しかしいくらリリアンの体術でも、休息は必要だった。ウォーグマの部隊に出くわしたときのように突然敵に会わないとも限らない。
ルックは足を止めて、鞘を下ろしてそのまま地面に座り込んだ。太陽の位置からして、方角は狂っていないはずだ。ルックは小一時間ほどマナを回復させると、再び立ち上がり、東に向けて駆けだした。
しばらくして日が輝きを弱め始めると、スニアラビスの砦が見えてきた。ここまで来ると敵の斥候に出くわす可能性も高くなる。ルックは高い草に身を隠すようにして、様子を伺った。
ルックがここを発ったときと変わらず、敵軍は南に陣を構えている。どうやらまだ門は破られていないようだ。しかし、ジリスウの無謀な突撃は、大きな門に大打撃を与えていた。ルックはまだ敵兵の数が五百を切ったことなどは知らない。無惨な扉の姿に、もうそう遠くないときにそれが破られるだろうと思った。
もう少しあたりが暗くなるのを待って、砦へ戻るか、敵軍に紛れて情報を拾うべきだろう。幸い敵は連合軍で、数は二千だ。そう簡単にルックの素性がばれはしないだろう。
そんなことをルックが考えていると、数人の近付く足音に気付いた。ルックは慎重に気配を殺して、草むらに隠れて耳を澄ました。
「もう近くにはいないだろうな」
若い男の声が聞こえる。
「ああ、でも正直、ジリスウをやっちまうような奴に俺は会いたくないぜ」
脱走兵でも出たのだろうか、ルックは少しでも情報を得ようと聞き耳を立てる。
「だな。あの砦自体、落とせる気がしなくなってきた。国に戻りたいよ」
「ああ、お前はどこかの貴族の領のアレーか。俺は職業軍人って奴だからな。尾っぽを巻いて逃げ出しゃできねぇ。だが、キラーズが目覚めたんだ。どうにかなるさ」
「だといいんだがな。五百ももう残ってないって話だろう?」
「まあ、不安にはなるわな。だがまず間違いなく大丈夫だ。何せあのキラーズがそう請け負ったんだぜ。明日にでもあの忌々しき扉をぶっ倒すってな」
二人の斥候の話は、ルックの望んでいた情報の核心を突くものだった。だがルックはまさか五百というのが、敵兵の残りの数だとは思いもしなかった。
分かったことは、アーティス軍は意外にも善戦しているということと、しかしカン・ヨーテス連合軍には勝算があるということ。そしてそれが明日にも行われようとしているということ。
ルックは斥候二人に気付かれることを承知で、全速力で西へ向かった。斥候二人の慌てふためく声が聞こえたが、すぐにそれも届かない程の距離をとる。
ビラスイたちが上手くこちらに近付いていれば、日がまた輝きを増す頃には戻れるだろう。しかしそれでも間に合わないかもしれない。ルックは一睡もしていなかったが、構わず全速力で地を蹴った。
なぜ誰も気付かなかったのだろうか。
自分が寝ていた間の状況を聞かされたとき、まずキラーズが最初に思ったのはそれだった。
ジリスウは多くの戦力を失わせはしたが、砦の一つや二つ落として然るべき猛攻をかけていた。ましてスニアラビスの名ばかりの砦の門などは、耐え切れようはずもないとのことだ。それなのに、未だに扉は閉ざされている。
敵には呪詛の魔法師が大量にいる。扉が開かないように何かをしていることはまず間違いがない。
気付け薬の効果だろうか。キラーズの頭は冴え渡っていた。
彼は今、所有者のいなくなった剣を集めさせ、それに鉄の魔法をかけて鉤爪を作っているところだった。鉄の魔法師はもうこの軍に彼しかいない。皆破城槌を持つ役目を担わされ、死んだのだ。体は決して万全ではなく、いくつもの鉤爪を作るにはかなりの負担があったが、これさえできれば必ずあの門を落とせる自信があった。
押してだめなら引いてみよ。ということだ。大量の鉤爪をあの門にかけ、それを巨土像に引かせればいい。あそこまでぼろぼろになった門だ。引き倒せないはずはない。
キラーズは天幕のベッドに腰をかけ、わずかな明かりの中、一心不乱に作業を続けた。
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