『紅い目線』①
第一章 ~伝説の始まり~
『紅い目線』
少し、大陸の話をしよう。
大陸の歴史がいつどのように始まったのかは誰も知らない。しっかり歴史として語られるのは、大賢者ルーカファスが魔法を生み出した、フィーン時代の始まる直前からだ。それ以前はいくつかの国があったというのが伝わっているくらいで、人がいつから生まれ、いつから国を作ったのかは今の時代には伝えられていない。
ルーカファスは魔法を生み出した偉人として知られているが、魔法が生まれたことによりフィーン帝国は栄華を極めた。
文化にしろ軍事力にしろ、魔法から受けた影響は絶大だった。それまで大陸中に散らばっていた国々は力を付けたフィーンによって支配された。完全ではなかったにしろ、ほぼ大陸全土をフィーンは自国の領土にした。
しかしフィーン時代には高度な文明がありつつも、宗教上の理由によって文字というものがなかった。それから数千年が過ぎたこの時代のフィーン帝国でも、一部の層を除いては文字というものを使わない。もちろん土壌の豊かなアーティスや、学問の発達しているコール王国ですら、皆がみな文字を使えるわけではないが、フィーンのそれは比ではない。文字を読み書きできるものなど文官の中にもそうはいないのだ。そのためフィーン時代の千年にも上るという長い歴史は、そのほとんどが曖昧だった。
次に時代が動いたのはミリストやクラムといった研究者らが呪詛の魔法を考え出したときからだ。ミリストは鉄の魔法を生み出したものとしても知られるあの鉄人ミリストだ。ミリストは特殊な体質をしていて、鉄の魔法に加えて影の魔法と呪詛の魔法を使えた。いわゆる例外者だ。実はルーカファスなどもそうだったのだが、マナ使いの中にはごくまれに二つ以上の魔法を使えるものが現れる。そしてミリストはルーカファスのように天才だった。
彼らが生んだ呪詛は物にマナを与える魔法だ。特に防具などにかけて、魔法によって生み出されたものをマナに返す帰空の魔法は、フィーン帝国にとっては晴天の霹靂だった。それまでにも貴族らの反乱や、属国とした国々の不穏な動きなど多々問題はあったのだが、フィーンはその度圧倒的な魔法師の大軍をもってそれらの事態を鎮圧してきていた。しかしその魔法師の大軍がいとも容易く討ち滅ぼされたのだ。
実を言うとミリストらは自分たちの研究成果が戦争に使われ、フィーン時代を終わらせることになるなどとは露ほども考えていなかった。だが結果として、その技術を手に入れたキーン子爵の一族が多くのフィーン人を殺し、キーン時代を築いた。子爵というのはそれほど位の高い爵位ではない。それに比例して有する軍もあまり大きなものではなかった。それが大国相手に大勝利を納めたということは、それだけ魔法具の凄まじさというものが知れる。
その後、事の重大さに打ちひしがれてミリストは自害し、クラムは闇に堕ちたというのも有名な話だ。
キーン子爵は帝国を造り、大陸のほとんどの国を占領した。残った大きな勢力は東の海岸線に何とか踏みとどまったフィーンと、後にアーティスとなるアーティーズ山の山岳民と、アルテス、ヨーテス民族。それに森人の森に住む森の民くらいだろう。フィーンもキーンの属国となり、他の民などキーンは歯牙にもかけていなかった。結果アーティスに滅ぼされることになるのだが、それもそれから三千年も後のことだ。キーン大帝国は異常なまでの成功を遂げたと言ってもいいだろう。
キーン時代には、新たに見直された重用なものが二つある。
まずは文字だ。フィーン時代にも属国のほとんどは文字を使っていたのだが、そのほとんどが象形文字だったのだ。帝王となったキーンはここに目をつけ、森人の使っていた音を形に表す手法を真似、文字を作らせた。その後三千年以上続いた帝国の文字だ。それがとても優秀だったこともあるが、今一般的に使われている文字はいまだにこのとき作られたものだった。これはまだキーンが存命だった頃に生まれたもので、大陸全土に広く普及した。キーン帝国創成の記録が今残されているのもこのためだ。
文字の誕生はキーン帝国の力をとても高めた。様々な事柄に関する知恵を形に残すことができたのだ。
さらにフィーン時代には絶えず起こっていた内乱も文字が生まれたことにより劇的に少なくなった。帝国の管理の目が行き届き易くなったのだ。各地が不満に思っていることを文字にし国に訴えることができたし、文章という証拠を残すことで、様々な取り決めをはっきりさせることができるようになった。
キーンはとても優秀で、帝王となっても決して国民を虐げることなく、国で起こるあらゆる問題に献身的だった。もちろんここまで古い歴史になってくると、どこまでキーン寄りの改竄が加えられているかはわからないが、どんなに低く見積もってもキーンが愚か者ではなかったことは、まず間違いがない。
キーンはかなり長く生きたようだが、詳しい年齢というのは定かではない。このときにはまだ正確な時の単位がなかったのだ。しっかりとした統一の暦が生まれたのは初期のキーン時代の中頃だった。
太陽が明るくなり始める頃を始まりとし、暗くなりきったところを終わりとした周期、これが一日。当たり前だがこれは歴史の始まる以前から存在していた考え方だ。それに加えてその一日を二十にまとめたものをひと月とし、それをさらに二十にまとめた四百日を一年とした。ついでに言うと、一日を二十で分けたものを一時間と呼ぶことにし、それを二十で分けたものを一クランとした。
これもキーン時代を語る上で欠かせない事柄の一つだ。これにより非常に多くのことが上手くまとまるようになった。
もちろんこれまでにも各地にはそれぞれ一年というものが設けられていたが、大体二月単位で寒暖を繰り返すこの大陸では、短いところでは約四十日を一年と数えるところもあったのだ。ここここの場所で一年の約束だ。などとして条約を結ぶのは国としても大変な労力だった。政治家は各地の時というものを学ばなければならなかったのだ。そのため様々な条約に混乱が生じ、解決していたはずの問題がぶり返すこともよくあった。何分広い大陸のため、問題事も絶えず起こる。つまり統一した時間を作ることによって国の管理力がさらに増したということだ。
それから先、国は安定期に入り、ほとんど大きな問題はなく過ぎた。深淵の魔法師デラが、鉄人ミリストたちの生み出した強力な魔法具の作り方を闇に葬ったのも、少なくともすぐには帝国の存続に影響は及ぼさなかった。もちろん世代によっては、優秀ではない帝王が生まれることもあったが、この頃には誰もキーン帝国の政権を打破しようと目論むものはなかったのだ。
キーン帝国はフィーン以上に栄華を極め、永遠に続くのだと誰もが思った。その永遠の帝国が終わりを告げることになったのは、狂人カスカテイドダストによってティナ半島が見付かったことが原因だった。
今まで誰も見ることのなかった広大なる平野をカスカテイドダストは大袈裟に語り、時の帝王がそれを欲したのだ。キーン大帝国は非常に安定した国で、そんなものを欲する必要もなかったのだが、それは帝王の驕りだった。
ティナとキーン帝国の間には森人の森がある。そしてその先にアーティーズ山だ。キーンは森の木を伐り、山に穴を穿ち、ティナへと続く道を作ろうとした。ほぼ大陸全土を統べていたため、キーンはそれが他部族の土地であると知りながら我が物顔で強行した。もちろん領土を二分されることになる森人も、アーティーズ山を神聖なものとする山岳民もこれには怒った。
しかしもしこのときの統治者がキーン子爵ほど優秀だったなら、キーン帝国も滅びることはなかっただろう。なんと時のキーン帝王は森人たちを虐げて、虐殺を始めたのだ。このときの話に関しては、もし機会があれば森人たちに直接聞くといい。森人はそれから何千年先の未来までこのときの惨事を忘れていない。
この驚くべき愚行に震え上がり激怒したのは、アーティーズ山の山岳民たちだ。しかしキーン帝国の力はあまりに強大で、歯向かうことはできなかった。人口も国土も数百倍はある大国相手に、出来ることなど何もなかった。しかしちょうどキーンが森人たちの虐殺を始めた年、アーティーズにザバラ、スイリア、さらに次の年にアル、と三人のマナ使いが生を受けた。後に開国の三勇士と呼ばれることになる三人だ。
アーティーズに掘り進められていたトンネルは、何か特殊な力が働くためにいかなる明かりも灯せない。そのため作業は難航した。しかし大地の魔法や呪詛の魔法を駆使し、森を開拓し終えてからの十数年でトンネルはほぼ開通していた。しかしそれでもアーティーズが持った怒りは消えなかった。アルが十五になった日、三人だけのアーティーズ軍は立ち上がった。彼女らはキーン帝国に宣戦布告をし、手始めに森人たちを虐殺していたキーンの魔法具部隊を壊滅させた。このときにはすでに、マナを使った体術が完成していたのだ。いかに魔法具部隊と言えど、スピードで圧倒する三人には手も足も出なかったのだ。
三人の勢いは衰えなかった。各地の貴族や部族を仲間にし、野火のごとく次々とキーンの領土を征服していき、ついには帝国王家を大陸西部へ追いやった。
キーン時代は終わりを告げた。
途中途中で協力を申し出た貴族や部族らにキーン大帝国の国土を割譲し、アルたちは南の森人の森を守るように王国アーティスを建国した。
これがルックたちの生きる時代の二百五十年ほど前のことだった。
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