⑥
シュールはルックがオヌカに向かって出発したあと、ルーンのわがままで野営地まで訪れていたらしい。いつも以上に豪快なわがままで、ルーンに丸め込まれたライトまでそれに加勢し、シュール一人にはとても太刀打ちできなかったのだそうだ。
野営地に着くと、そこまで来て何もしないのもと考え監督官の仕事を無償で引き受けたらしい。
監督官はいすぎて困る仕事ではないので、シュールは快く迎えられた。そして試験終了のとき、ルックの窮地を見付けて即座に対処をしてくれたのだった。
「あはは、ルーンのわがままに救われたんだね」
森から抜けるための道中に事情を聞いたルックはそう笑った。
死の恐怖にさらされたルックだったが、昨日よりはひどい動悸はしていなかった。シュールを見た瞬間に全ての緊張や恐怖から解放されたように感じたのだ。
森から出るとすぐに第三試験の開始が告げられた。
第二試験を通過したのはルックを含め五名だ。
他は九名が帽子を失い、八名が誰からも帽子を奪えず失格となった。脱落者も含め野営地には受験者全員が集められている。
「今回の第二試験は無事に大きな事故もなく終わった。あとは念のため不正がなかったか確認したいので、それぞれどのアレーから帽子を奪い取ったのか教えてくれ。まずは一番怪しいやつからだな。オードス、一応誰から帽子を奪った?」
最初にルールを解説してくれた監督官が全員の前に立ち、そんな確認を始めた。
オードスは呆れるくらいに堂々とジェイヴァーを指差して言う。
「そこの不細工な顔をした男からだ」
「だそうだが、不細工なジェイヴァーは異論ないか?」
オードスの物言いに監督官は笑いを堪えながらジェイヴァーに問う。
「言いたいことは山ほどあるがな、まあ奪われたと言っても間違いではないな」
ジェイヴァーの回答ににやけた表情をして訳知り顔の監督官は頷いた。
「まあ、そうだろうな。今回の試験で一番のけがはお前のその頭のこぶだろうからな。そのこぶがなければ失格にしようかと思っていたよ」
「ちっ、ぜひそうして貰いたかったよ」
吐き捨てるようにジェイヴァーが言うと、オードスが哀れな男をひと睨みして黙らせた。
「じゃあ次に一番帽子を持ってきたお前だ。名前はカントだったか?」
「ああ、大体合ってる。本当はノウケスだがな」
かすりもしていない名前を呼ばれたノウケスは、冗談混じりにそう言って二人のアレーを指差した。
「あいつとあいつだ。そっちの黄色い髪のやつは他に濡れた帽子を二つ持っていた」
ルックが最後に戦ったアレーは泉での戦闘のあとノウケスに敗れて帽子を失ったということだ。ちっと舌打ちをして黄色の髪は顔をそむけた。
「事実みたいだな。じゃあ次はお前だ。シュールの養い子で、ルックだったか? 誰から帽子を奪った?」
監督官はルックの名前は正しく言い、決まり文句なのかオードスのときと同じ問いかけをしてきた。
「僕はそっちの棒術使いの女の人からだよ」
「へぇ、ミンジーは罠なんかにこだわらずにやる気を出したら、いつだってフォルになれると思ってたんだがな。やるじゃねえか。ミンジー、本当か?」
「うん、本当よ。その子に帽子を奪われたあとは真面目にやったんだけどね、そのカントだかノウケスだかに挑んで惨敗した」
ミンジーと呼ばれた金と茶混じりの髪の女性はそう言った。後半は余計な発言に思えたが、後でシュールに聞いた話、ルックが監督官のおだてを真に受けないよう気をつかったのだろうとのことだった。
それからもう二人のアレーにも確認が終わり、全員が不正なしと判断された。
そして監督官側から五人、緑色の髪のアレーが進み出た。ルーンと同じ呪詛の魔法師たちだ。
呪詛の魔法師たちは地面に手をつきマナを集め始めた。
ルックたちは監督官に指示され一定の間隔を取った。
ルックたちの第三試験を観戦しようと他の受験者や監督官たちが五人を囲むようにまばらな輪になった。ルックは一番右側で、そちらではシュールたち大人と、ライトとルーンがいた。
ルックは第二試験の最後に思わぬ消耗をしていたが、仲間たちには強気に笑って見せた。実はルックはルーンの協力で第三試験の対策をしっかりとしていた。少し消耗したくらいではまず問題ないと分かっていたのだ。
呪詛の魔法は他の魔法とはかなり性質が異なる。様々な物にマナを籠め、魔法具を作成できる魔法だ。他の魔法と違い発動するまでに物にマナを籠める時間が必要で、引き換えにかなりの長期間効力を発揮する。
今回監督官の呪詛の魔法師たちが使用しているのは、土にマナを流し込み土人形を動かす魔法、土像の魔法だ。
古くは土傀儡と呼ばれた魔法で、マナを使った体術が発見されるまでは最強の魔法の一角だと言われていたものだ。
マナで操る土人形は人形の大きさに比例して敏捷になる。腕利きのアレーとまではいかないが、一般的なアレーの戦士に準ずるほどの速さがあるのだ。
発動までに時間がかかるのと、細かく操るためには術者が近くにいなければならないという欠点はある。さらに動かすことにかなりマナが必要なため長期間の効力はない。しかし一度発動してしまえば、今より速さも力も劣る前時代の戦士には、ほぼ勝機がない相手だった。
五人の受験者は魔法が完成するまでもうしばらく待った。
そしてそれぞれの前にルックの身長より少し低いくらいの土人形が並んだ。
「それじゃあ第三試験を始める。第三試験は至ってシンプルだ。土像に勝て!」
監督官が短いルール説明を行い、戦闘が始まった。
ルックはずるいと分かっていたが、土像が完成するまでの間に大剣にマナを溜め終えていた。
開始と同時に土像のいる地面を陥没させ、一気に距離を詰めて大剣を振り下ろした。
土像は縦二つ綺麗に二等分され、動きを止めた。
ルックとほぼ同時にノウケスが勝負を決め、少し遅れてもう二人が土像を倒した。二人の内一人はオードスだった。
最後の一人は帽子を二つ奪って通過してきたアレーだったが、第二試験で消耗しすぎたのか土像に剣を叩き落とされ脱落した。
こうして第三試験は終了となった。
チームの仲間は全員喜んでくれたが、合格を宣言した監督官はどこか浮かない顔だった。
「土像に勝った四人はおめでとう。合格だ。ユニスは残念だったが、また次に挑戦してくれ。ああ、残念なのはジェイヴァーもだったか」
「俺には次はないからな、ユニスよりもよっぽど残念だよ」
監督官はジェイヴァーと冗談をかわし合ったあと、合格者一人一人に声をかけていった。
そして最後にルックにも言葉をかけてくれた。
「ルックはフォルキスギルド史上三番目の若さだな。おめでとう」
口では褒めてもらえたが、ルックのことを言うときはどこか不安げな言い方に思えた。他の監督官たちもルックに目を合わせようとはしなかった。
このときルックは自分の感じたこの印象が気になりはしたが、気のせいかもしれないとも思い、シュールたちに尋ねることはしなかった。
「合格した四人は後日ギルドの登録証を持って本部に来い。フォルの証明になる印を捺すからな」
監督官が最後にそう告げて、五日間の試験は終了した。
ルックはフォルになった喜びを感じながらも、監督官たちの表情にどこか腑に落ちない気持ちがしていた。
ルックがこの監督官たちの浮かない表情の意味を知るのは、まだ先のことだ。
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