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オヌカの森の前では大規模な野営が敷かれていて、今日は監督官が見張りをしてくれるためゆっくり眠れるらしい。受験者には料理も振る舞われた。何度目かの受験になる若いアレーたちが、今回の料理は手が込んでいて美味しいと話していた。後で聞いた話、今晩の料理は監督官として来ているドーモンが作ってくれた料理だったそうだ。
次の日、ルックたちはそれぞれ監督官たちから赤いの帽子を受け取った。つばのない防寒用の帽子で、この帽子を他の受験者から奪い、これから三日間自分の帽子を奪われなければ試験通過だ。
全員が帽子を受け取ると、監督官の一人が手を叩いて全員の注目を集めた。それから大まかなルールを説明したあと、細かな注意事項を説明し始めた。
「次に禁止行為を説明する。初めて試験を受ける者はしっかりと聞くように。
武器を使うことは許可しているが、他の受験者に大きなけがを負わせた者は失格だ。万が一死者が出た場合は試験自体が中止となる。これは受験者の安全を確保するための処置だ。以前大けがを負わせた事実を隠蔽するために受験者を殺したやつがいて、こういうルールができた。そいつはもちろんフォルにはなれなかったし、いまだにアーティーズの地下牢から出てきていない。
次に、森から出るのは禁止だ。戦闘中に少し出るくらいなら問題はないが、戦闘が終わり次第すぐに戻るように。これは初日に首尾良く帽子を奪ってから三日間森の外の草原に隠れてたやつがいて、それの対策として作られたルールだ。そしてこの受験者はもちろん失格になった。
他にも俺たち監督官が相応しくないと判断をした場合は失格にする。そのことを肝に銘じて受験してくれ」
オヌカの森はそれほど大きな森ではない。アーティーズ北の農地よりも小さい森だ。
木と木の間隔は平均して十歩ほどで、密林でもない。一本一本の木は樹齢を重ねた太い木が多い。
もともとここはこの近くに数百年前存在したオヌカ街が人工的に作った林だ。街が滅んだあとも林は残り、長い年月をかけて森と呼べる大きさに広がったらしい。そのため木材に適した同種の木がほとんどの森だった。
木と木の間隔が広いため下生えの豊かな森で、身を隠せる場所は多い。森の北西には地下水でできた大きな泉があり、この森の中の唯一の水場となっている。
動物は大人しい草食動物が多く、肉食動物は小型の獣や鳥ばかりで、受験者の身を危ぶませる存在はいない。これはこの地を試験会場にするため、ギルドが危険な肉食動物を排除したからだ。
説明を受けたあと、ルックたちは森の中に入った。開始の合図はないが、今から大体一時間後から帽子の争奪が可能になる。
その最初の一時間に取った行動は、それぞれの受験者によって様々だった。
受験者同士で協力することは禁止されてなく、一番大きな団体の七人組は真っ先に北西に向かって駆け出した。水場の泉を確保しに行ったのだろう。
他には寝床となる隠れ場所を探しに行った者や、罠を仕掛けに行った者が多かった。隠れ場所を探しに行った中にはジェイヴァーたち夫婦もいた。彼らは日数分の食べ物と水を用意しているのだろう。最後まで隠れ場所から動かず、オードスのみが第二試験を通過する作戦だと思われた。
罠を仕掛けに行ったのは単独行動の五人で、その中には余所から来た二人のアレーもいた。罠は受験者に対してのものだけではなく、食糧となる動物のものも含まれる。
ルックも自前のリュックに日数分の水は用意していたが、食糧まで持てるほどの体がなかった。そのため食糧は森で調達する予定だ。
動物を狩るには罠の知識や狩人の技が必要だ。ルックにはそのどちらもなかったが、三日くらいなら食べられる植物を摘むなどして持ち堪えられる。植物に関しての知識ならシュールの本で学んでいた。
ルックは隠れ場所を探すこともしなかった。体の軽いルックは高い木の上で寝ることを想定していたのだ。木と木の間隔は広いが、葉が生い茂っていて足場も最悪なので、まず夜襲の心配はなく眠れるだろう。
そんなルックが最初にしたことは、他の受験者の追跡だった。単独行動の五人の内、一番弱そうに見えた金と茶混じりの髪の女性の後をつけたのだ。
髪の色が茶色から染まりきっていないアレーはマナの恵みが少ない。余程の武技を身に付けていなければそう強くはないはずだった。しかも金色の髪は魔法を使えない。
ルックは気付かれないよう女性のアレーの百歩ほど後ろを追跡した。
女性は水の用意があるのだろう。森の外周に沿うように泉のある北西から離れた北東に進んでいる。
野営地は森の南東の側なので、森に入って右向きに進んでいる形になる。
ルックの大剣は木々の中での戦闘には向かない。このまま狙い通り女性アレーと対峙したら、うまく草原での戦いに持ち込みたいと考えた。
女性アレーは二時間ほど歩くと拠点を決めた。木々が特に密集した場所で、残念なことに外周からは少し奥まった位置に陣取られた。女性アレーは鳴子の罠を周囲に巡らした。鳴子は夜間の警戒のための罠だ。さらに手際よく下生えの一部を結び付け、敵の足をかける罠を設置した。それから下生えに隠して小さな落とし穴をいくつも作り、掘り出した土をたくさんの罠に囲まれた中央に盛って布を被せた。
盛り土はおとりだろうと思った。女性は盛り土に襲いかかるアレーを返り討ちにするつもりなのだ。自身は罠が一通り完成したあと密集した木によじ登り、葉の中に身を隠した。
ルックは女性アレーのやることを観察して、これではこの場所が誰にも気付かれなかったら試験を通過できないのではないかと思った。
もしかして、僕がつけていたのに気付いてたのかな?
そうも考えたが、女性の作った罠は最初から全てを見ていたルックにはあまり意味がない。
ルックは読めない女性アレーの意図に警戒心を高め、まだしばらく様子を見ることに決めた。大きな森ではないと言っても、三日間でこの場所が見つからない可能性は充分に高いのだ。三日もあれば今急いで戦闘をする必要もないし、もっと条件のいい相手がいる可能性もある。
ルックは音を立てないように気をつけながら、動きのなくなった女性アレーから離れることにした。
初日はそれから森の中を探し回ったが、他の受験者に出会うことはなかった。途中一度女性アレーの様子を見に戻ったが、そちらも動きはなかった。
その日は予定通り木の上に登り、細い枝の根元に腰を落ち着け、木の実や食用できる草や果実を食べて眠った。魔法は戦闘時だけでなくこういうときにも便利で、草や木の実は砂の魔法で洗った。魔法で生み出した物質は時間がたつと消える。生み出した砂をよくこすりつけてしばらく待つと、地面に落ちていた木の実も土一つ付いていない綺麗な状態になった。
寝心地はとても快適とは言えないが、幹に縛ったロープで身を固定しているので危険ではない。次の日の朝は体が硬直して痛かったが、しばらく伸びをしたら気にならなくなった。
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