『戦士の試験』①

   序章 ~真実の青~


『戦士の試験』




 フォルキスギルドのフォルは、簡単に言えば一人前の戦士になったことを証明する資格だ。

 フォルの資格を持つ者の中でも強い者と弱い者の差は相当あるが、最低限マナを操れないキーネには後れをとらないと言われる基準がフォルだ。


 フォルは第三までの試験全てを通過することで得ることができる。

 第一試験はフォルキスギルドの本部から第二、第三の試験会場となるオヌカの森まで二日以内の到達を目指すものだ。

 オヌカは首都アーティーズの西北西にある森林で、この試験はそれほど難しくはない。距離はあるが、道は平坦で難所もない。主にこの第一試験では野宿などの技量を見られることになる。しっかりと準備をしておけばまず脱落することはない。


 問題は第二、第三と続けて行われる試験だ。

 第二試験はオヌカの森にて受験者同士で帽子を奪い合う試験だ。一人一つ帽子を渡され、三日後の試験終了時に二つ以上の帽子を持っている受験者が通過となる。

 そして第二試験終了のすぐ後に第三試験が行われる。第三試験では呪詛の魔法師が操る土像という魔法を相手に戦って勝利する必要がある。

 三日間という長い第二試験でどれだけ体力を温存しておけるかが第三試験の鍵となる。


 十八の月、一日、六の刻。首都アーティーズ三の郭にあるフォルキスギルドの本部に、早めの昼食を終えたルック、ルーン、ライト、シュールの四人が訪れていた。

 今日これからの五日間、ルックのフォルになるための試験が行われるのだ。


 他の大人三人は試験の監督官の仕事を受けて一昨日現地に向かっていた。監督官の仕事は中期的な任務な上、報酬はほんのわずかだ。しかし受験者を事故から守る大事な仕事だ。受験者よりも多い数のフォルが任務につくが、チームの大人たちはこの仕事を人任せにしたくないのだと言ってくれた。


 受験者全員がフォルキスギルドの一階に集まった。ルックを含め二十二人が今回の試験を受けるらしい。当然他の全員ルックより年上で、シュールたちと同年代の人が多い。今回最も上の年齢は三十だという。他の町からの移住者などもいるため、これは珍しいことではない。

 ルックは大人たちの中で自分一人が子供だという事実に改めて気付き、不安と緊張に身をこわばらせた。


「大体何人くらいの人がフォルになれるの?」


 緊張し始めたルックの隣で、のんきな口調のルーンがシュールに質問をした。


「そうだな、多くて六人、大体は三人か四人ってところだな。今回みたいに年齢が上の受験者が数人いるときは、俺と同じくらいの二十歳前後のアレーは大体落ちる。余所から来たアレーはすでに実績のあるやつも多いからな。

 そういえば、ドゥールとドーモンも余所から流れてきたアレーなんだが、二人が出たときは第二試験でドゥールが他の受験者全員の帽子を奪ったらしくてな。第三試験に挑めたのがあの二人だけだったって話だ」


 これからフォルになろうとする受験者に対して、理不尽な強さのドゥールが荒らし回る姿はありありと想像でき、ルックは少し吹き出した。

 それで少し緊張がほぐれたルックだが、今回の試験では余所から来たというアレーが二人いるらしい。厳しい試験になりそうだった。


「まあフォルの試験はふた月に一度開催するから、そう気負わずに挑めばいい」


 シュールはルックの頭をぽんぽんと叩いた。

 しかしルックは今回の試験でフォルになりたいと思っていた。せっかくシュールが推薦してくれたのだ。良い結果を持って帰りたい。


 それにあんまりのんびりしてたら、ライトに先を越されちゃう。


 ルックはちらりとライトのことを覗き見た。

 ライトはルックの目線にすぐに気付いて、にこりと端麗な顔を幼く歪めて笑った。


「ルック、僕はルックがフォルになるって信じてるよ」


 言ってライトはルックの肩に拳を当てた。それはルックが寝物語に語る騎士の、親愛を表す動作だ。


「私も私も。ルックなら絶対フォルになるもんね」


 何かに気付いた様子でルーンがライトの言葉に強く同意した。それはシュールに対するからかいだったようで、まるでシュール一人がルックは落ちると言ったようになった。


「うん、僕もお試しじゃなくて本気で挑戦するよ」


 ルックもルーンのからかいに気付いて、便乗するように決意を表明した。

 子供三人にやり込められた形となったシュールは、けれども大きな声で笑って、先ほどより少しだけ強くルックの頭を手のひらで撫でた。




 試験が開始された。


「じゃあ、行ってくるね」


 ルックは仲間三人にそう告げると他の受験者と一緒にフォルキスギルドを出た。ここからはルック一人だ。

 街を出るまでは他の受験者と一緒に歩いた。若いアレーは知り合いが多いらしく、固まってお互い声をかけあっていた。

 年上の三十歳と二十九歳のアレーは知り合いではないらしく、集団からは少し離れて歩いていた。

 ルックは彼らからもう少し後方について黙々と歩いた。


 門兵に応援の声をかけられながら三の郭を抜け、無計画に広がっている四の郭をジグザグに進み、四の郭の郭門に着いた。

 本来ならここで街を出るための審査があるのだが、受験者たちはそのままアーティーズの外壁を素通りし、街の外に出た。


 街の外はディーキス公爵領の農地が広がっている。ルックは街の外に出るのは今日で二回目だった。

 一度目もつい最近で、シュールから試験の予行に西北西のオヌカまでの行き方を習うためだった。


 受験者たちの集団はそこで別々の行動を取り始めた。

 マナを使った走法で一気に目的地まで走る集団と、ゆっくり歩く数名に別れたのだ。

 ルックはゆっくり歩くことを選択した。

 街中でなければマナを使った走法に規制はない。人にぶつかる心配があまりないためだ。しかしシュールたちの教えでルックはそれをしなかった。


 オヌカまでの道のりは途中途中に監督官がいるため危険はない。しかし本来の移動では道中での安全は自分で確保しなければならない。人家のない、街から離れた場所では国法はルックを守ってくれないし、野獣のむれに襲われる危険もある。

 ルックはシュールたちから学んだことを守り、いつ戦闘になっても大丈夫なようにマナを温存することにしていたのだ。


 ルックと同じくゆっくり歩くことにしたのは、余所から来たアレーの男性二人と、若いアレーの集団の中からの男女二人だけだった。

 第一試験は脱落するような試験ではない。本格的な試験が始まる第二試験までゆっくり体を休めようと、ほとんどのアレーは走ることを選択したのだ。

 余所からのアレーは旅に慣れているようで、同じ歩くでもルックよりはだいぶ早いペースで先に行った。

 ルックともう二人のアレーは受験者の最後尾となったが、焦ることなく自分のペースで道を進んだ。ルックの大剣は腰に吊すのはもちろん、背負うにしてもまだルックには大きすぎるので、抱えるようにして持ち運んでいる。この状態では素早く移動することは難しいのだ。


 左回りに農地を抜けるとディーキス公爵の大きな館が見えてくる。それを通り過ぎてしばらくすると、人の暮らす土地ではなくなった。そして西に直進し海に出る道と、少し北にそれてオヌカに向かう道に別れた。

 海に出る道は整備されていたが、オヌカへの道は踏み固められただけの草原に囲まれた道だ。


「君、あのシュールのところの子なんだって? うちのチームでも一人孤児を育てているんだけど、少しどんな感じか聞いてもいいか?」


 ルックは声をかけられて、一緒に最後尾を歩いていた男女を見た。女性は革のズボンに軽い革鎧を身に付けた背の高い人だ。男性はさらに大柄な、どこかやる気のなさそうな表情の人だった。ルックに声をかけてきたのは女性のアレーだ。藍色の肩まで伸ばした髪を持つ、快活な印象の女性だ。


「あ、そうだ。まず私はオードス。今年で二十四だ。何を間違えたかここにいるでくの坊ジェイヴァーの嫁をしている」


 口のきつい女性なようで、険のある言い方でオードスは隣の大柄な男を紹介した。

 続けて、紹介されたジェイヴァーは嫌そうな顔をして名乗った。


「俺はジェイヴァーだ。アレーだが戦士になんて全くなる気はなくて、アーティーズで細々と商売をしている。何を血迷ったかこの凶暴な女の旦那をしているな」


 二人は仲が悪いのか、じゃれあいではなく本気で嫌悪しあっているように見えた。


「そっか。僕はルック。シュールのチームで戦士になるために修行中だよ」


 ルックはチーム以外の大人とはアラレルくらいとしか話したことがなく、少し緊張しながら名乗り返した。それから少し気になったことを聞いた。


「ジェイヴァーは戦士になりたくないのにフォルの試験を受けてるの?」


 ルックの問いにはオードスが答えた。


「この大嘘つきは商売人なんて名乗っちゃいるが、この一年で数回しか店を開けていない無精者の甲斐性なしでね、私が稼がないととても暮らしてはいけないんだよ。だからせめて私がフォルになるのを手伝わせようと思って引っ張って来たのさ」


 オードスの説明にルックは首を傾げた。フォルになるのを手伝わせるというのがよく分からなかったのだ。

 しかしよく考える前にオードスがさらに続けた。


「それでさ、うちのチームにも君より少し小さいくらいの子供がいるんだけど、なかなか真面目に剣を振ろうとしないんだ。この胡散臭いぐうたらみたいな出来の悪い子じゃないんで、教え方が悪いのかなと悩んでいたんだよ。シュールはどんな教え方をしているんだ?」


 話を聞くと、オードスのチームはルックたちのように一緒に暮らしているわけではなく、それぞれが家を持っているらしい。チームの子供というのはその内の一つの家で養われているそうだ。話を聞いた印象ではルーンほど不真面目ではなく、ルックほど真剣に強くなろうとしているわけではないようだった。

 ルックはオードスの目的までは考えなかった。彼女は単純にシュールのやり方を知りたかっただけなのだ。しかしルックはオードスの抱えている問題を解決するためにはどうしたらいいかを考え、真剣に助言をした。


「僕は直接知らないからちゃんとは分からないけど、その子は強くなっているって実感がないから、やる気が湧かないんじゃないかな? 厳しく教えてるって言ってたけど、強くなったらちゃんとほめて上げたらいいと思う。僕はたまにシュールたちにほめられるとすごい嬉しいよ」


 オードスはルックの助言に眉をひそめた。ルックは親切で助言をしたつもりだったが、彼女は十歳の子供に意見を求めたかったのではなく、ただ情報を知りたかっただけなのだ。


「そうかい。ありがとな」


 不機嫌そうにオードスはそう言って、この話はそれで終わった。

 ジェイヴァーはオードスのチームに所属しているわけではなく、オードスの悩みには無関心なようだった。しかしルックの助言を聞いて声を立てて笑った。


「おう、お前なかなか頭のいい子みたいだな。街に戻ったら俺の店に遊びに来いよ。珍しいもん見せてやるぞ」


 ジェイヴァーは今までどうやって生きていたのか、全く売れるはずもない奇妙な物品ばかりを取り扱う商売人らしい。隣国カン帝国のほこり臭い香木や、北の果ての大国アルテスの魚の置物など、わざわざ誰も買わないような物を集めているとのことだった。

 しかしジェイヴァーの話は面白く、本の中でしか他国を知らないルックにはとても魅力的だった。


「ま、俺自身はアーティーズから一歩も出たくないんだがな、他国から流れて来たものを見てどんな所なのか想像して楽しむんが好きなんだわ」


 分かるような分からないようなそんなジェイヴァーの価値観は、孤児院とシュールのチームしか知らないルックには新鮮だった。


「あんたが好き勝手堕落すんのは構わないけどね、シュールのとこの子まで巻き込むのは止めてくれ」


 ジェイヴァーが楽しそうであればあるほどオードスは不機嫌になるようで、忌々しげに毒づいていた。

 ルックには本当に二人がどうして夫婦なのか疑問だった。ジェイヴァーは魅力的な大人に思えたが、オードスは刺々しくて近寄りがたい大人に見えた。


 それから自然とルックはその夫婦と同道した。夜は道の途中で野宿をし、臨時のチームとなった三人で交代に見張り番をした。

 先に見張りをしていたルックは、交代するために起きてきたジェイヴァーに正直な疑問を投げかけた。


「ジェイヴァーはなんでオードスと結婚したの?」


 ルックの問いにはジェイヴァーは声を抑えて大笑いした。


「ははは、本当にそうなんだよな。ルック、人生なんてのはな、失敗と大失敗の連続なんだよ」


 ジェイヴァーからは不真面目な回答が返ってきて、ルックは納得のいかないままジェイヴァーと夜番を交代した。

 眠りにつく前、ルックは今日一日の出来事を思い返した。そしてオードスがジェイヴァーを連れてきた意味に気が付いた。


 第二試験は自身の帽子ともう一つ帽子を獲得した受験者が通過となる。

 オードスはジェイヴァーから帽子を受け取り、他の受験者と争うことなく通過しようとしているのだ。


 ずるいけど、よくあることなんだろうな。


 昼にフォルキスギルドでシュールがしていた話を思い出したルックは、そう納得した。

 シュールはドゥールとドーモンが一緒に試験を受けて、第二試験ではドゥールが他の受験者を全員脱落させたと言っていた。この話に誇張がなければ、第二試験ではドーモンは戦っていないはずなのだ。つまりドーモンが通過するための二つ目の帽子は、ドゥールが狩り取った帽子を譲り渡したということなのだろう。


 そんなことを考えながらルックは眠りに落ちて、次の日も順調に道を進み、暗くなり始める頃にオヌカの森まで到着した。

 他の十九人の受験者は欠けることなく全員到着しており、ルックたちが最後の到着だった。

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