④
シャルグとアラレルの手合わせを見た日から、急激にライトが強くなり始めた。何かコツを掴んだのか、速さは今までと変わらなかったが、ルックのフェイントや虚を突く魔法にも簡単には引っかからなくなった。
「今日も負けたー」
いつも以上に際どい試合が終わり、空き地にぺたりと座りライトが言った。とても集中していたのだろう、一気に気を抜いてへたり込んでいた。
「よし、じゃあ家に帰って今度は計算術を教えるぞ。ライト、家が汚れるとドーモンが悲しむから、よく体をはたいておけよ」
計算術と聞いて少し嫌そうな顔をしたライトだが、シュールの注意に「はーい」と素直に返事をした。さっと起き上がり服に付く汚れを入念にはたき始める。
「ねえシュール、今日はもう少しここで練習をしててもいい?」
言いながらルックは胸が緊張で締め付けられるような気がした。普段ルックは大人たちの意向に逆らうようなことはしなかった。聞き分けのない子供はチームを追い出されるのではないかと考えていたのだ。
「あぁ、ルックなら一人でも帰れるからな。別に構わないぞ」
しかしシュールはあっさりとルックの要望を認めてくれた。
考えてみればルーンなどわがまま放題なので、このくらいのことで追い出されるはずはないのだ。ルックは安心したように笑顔をこぼした。
「一人で枝を振るうなら、必ず教えた型を丁寧になぞって振るんだ。一つおかしな型を覚えると、そこから先全ての動きが少しずつ狂って、最終的に矯正もできないあべこべな剣技になるからな」
シュールはそんなアドバイスをしてくれた。
ルックはその意味はいまいち理解できなかったが、教えられたことを堅く守って枝を振るった。
マナで体を動かす体術はそれほど疲れないが、限界はある。これも魔法と同じでアレーでないと実感しづらい感覚だ。ある程度の時間マナを感じていると、しばらくマナが感じられなくなるのだ。シュールたちはこの状態を「マナが尽きた」もしくは「マナ切れ」と言っていた。
二時間ほど型をなぞっていると、ルックのマナはすっかり尽きてしまった。
それから家に帰ると、今度は魔法の練習を始めた。
魔法の練習にはとにかく集中力を上げることが大事らしい。マナが尽きて魔法を組むことはできないが、ルックはずっと一つの形を頭の中にイメージし続けるトレーニングを行った。
途中ルーンが算術を抜け出してルックをからかいに来たが、ルックが相手をせずに集中を続けていると、なぜか隣で真面目に魔法の練習をし始めた。
毎日欠かさずルックは剣と魔法の練習をし、ライトとの試合ではドーモンが言っていたようにたくさん考えて動いた。
月日は流れ、ルックは十歳の誕生日を迎えた。
体も大きくなり、振るう枝も体の成長に合わせて大きくなっていた。
枝のリーチの差を活かして、なんとかライトとの試合も勝ち越していた。
体もライトの方が少し小さかったので、マナを使った体術、つまり「速さ」にそれほど差がなかったのだ。けれどルックはそれもそろそろ限界だと感じていた。
ルックもライトもまだ体が大きくなれば体術に使えるマナは増える。しかし六歳の頃と比べれば伸びしろはもうほとんどない。
ライトのような小柄な少年でも、大体十三にもなれば速さは頭打ちとなるものだ。ルックも大きい子供ではないが、ライトよりは早く十二歳くらいで頭打ちとなるだろう。
ルックも頑張ってはいたが、ライトの剣技は大人顔負けに成長していた。もしライトの方が速くなったら、ほとんど勝ち目はなくなるだろう。
「ルックが来てからもう四年たつのか。最初は人に教えるなんて不安に思っていたんだが、なんとかなるものだな」
今日はルックの誕生日ということで、大人たちは全員仕事を休んで家にいた。ドーモンとルーンが朝早くから手の込んだ料理を作っていて、誕生日の祝福は昼に行うのがアーティスでの慣習だった。
「それは教える側ではなく、教わる側が優秀だったのだろう」
ドゥールがからかい口調で言う。
「シュールが不安だったの? うそだ、最初からずっとシュールはシュールだったよ!」
台所からドーモンの作った料理を運んできていたライトが、シュールの言葉を聞いてそう言った。
「はは、本当だよ。俺が剣を習い始めたのは十からだったし、六歳の子にどう教えていいかなんてまるで分からなかったんだ」
「はは、シュールは意外に不器用なところがあるからな」
ライトの持ってきた皿をテーブルに並べながら、ドゥールがさらにからかった。
「俺がか? 不器用なんて役割はアラレルのものだと思っていたが」
「はは、それは違いない!」
ドゥールはすでに酒を飲んでいて、いつも以上に上機嫌で甲高い声を響かせている。
「えー、アラレルってシュールより不器用なの? いがーい」
台所からルーンが顔を覗かせて言った。ルーンは去年からドーモンに料理を習っていて、料理が上手になっていた。シュールは料理が苦手なので、たまにこうしてルーンがからかうのだ。
「そうだな、じゃあとても器用なルーンに問題を出してやろう。アーティスでは成人する十五歳から誕生日を祝う習慣はない。そしたら、この家では明日以降何度誕生日を祝福する日がある?」
ルーンは魔法も読み書きも習い始めてすぐに覚えたが、いまだに計算術や地図読みが苦手だ。
ルーンは両耳を抑えて「あー聞こえなーい!」と言いながら台所に戻っていった。
それからドーモンの料理が揃い、チーム七人で明るい話をしながら料理を食べた。
「そうだルック」
全員が食べ終わり、食休みをしているときに、シュールが言った。
ルックがシュールに顔を向けると、シュールは親しみのこもった目でルックに提案をした。
「ルックはもう枝じゃなくてあの剣を練習した方がいいんじゃないか? あれは戦術を左右するほどの魔法剣だ。そろそろ慣らしたほうがいいと思う」
ドクンと心臓が跳ねるのを感じた。それはルックにとって魅力的な提案だった。
「いいの? あの剣、まだ体の大きさには見合わないと思うけど」
「あぁ。どのみちあれは大人でも体格には合わないからな。はは、ルックがドーモンくらいの大男になるなら話は別だけどな」
「うーん、魅力的なアイデアだけど、食費が大変そうだからやめておくよ」
この頃にはルックも遠慮をせずに冗談を返せるような、シュールたちのことを本当の家族と思えるようになっていた。
「はは、シュール、ルックのために今の二倍は稼がんとな!」
上機嫌に笑う甲高い声が太い手でシュールの背中を叩いた。
ドゥールはこのチームの誰にもやり込められることがなく、いつも余裕を持ってにやりと笑っている。
シャルグは口数は少ないが誠実で面倒見がいい。ドゥールとシュールのやり取りを見てわずかに笑んだ顔を隠すように背けた。
「おう、俺、たくさん料理するぞ」
ドーモンも垂れた目でにこにこと二人のやり取りを眺め、ドゥールに賛同するようにそう言った。
「ルックがそんなに大きくなったら私とライトのベッドも取られちゃうね」
ルーンが明るくころころと笑い、ライトはそれを想像したのか困ったように笑っている。
ルックの誕生日の祝福はこうして過ぎていき、最後にシュールがルックに言った。
「あの大剣を使いこなせるようになったら、そろそろルックもギルドに登録して、フォルの試験を受けてもいいかもな」
ルックは自分がフォルの試験を受ける段階のほど近くまで来ていたと知り、驚きで目を見開いた。
フォルの資格は子供が取得するようなものではない。大体二十までに取れれば良いと言われている資格で、シュールやシャルグでも十三で取得したらしい。もし十歳で資格を得られれば、史上三番目の早さだ。それほどシュールが自分を評価してくれていたことがとてもとても嬉しかった。
しかしその話にはルック以上にライトが興奮し、手放しでルックを褒め称え、ルックは喜びを表に出す機会を失った。
次の日からルックは大剣を使って型の練習を始めた。
ライトとの試合でも大剣を使った。試合では鞘に入れたままだが、マナを溜める効果は戦術の幅を大きく広げた。
多くの魔法は手の前に集めたマナを使って放つものなのだが、動き回る剣の戦いの中ではマナを集めるのがとても難しい。場所を移動してしまうとどうしても集めたマナを手放さなければならなくなるのだ。
しかしルックの大剣は移動しながらでもマナを集めることができた。
同量のマナを集めるのには通常より少し時間がかかるが、戦いが長引けば長引くほどルックには有利な状況が作れるようになった。
ライトも三月後に十歳になり、ルックとライトの遊びはいよいよ本格的な試合となっていた。
いつもの空き地で、ルックは鞘に納めた大剣を構えた手に力を入れて、同じく細身の剣を構えるライトに力強く走り寄った。
思い切り振り下ろした大剣を、対峙するライトは右方向に軽くはじいて流す。ずっと同じ剣の鍛練を受けていた幼なじみなのに、ライトの剣技はもうルックを大きく上回る。ルックの大剣は標的から逸れ、地面を打った。
しかしルックは振り下ろしたときの勢いをそのまま利用し、地面に転がり込んでライトの脇を抜けた。ライトは追撃をしようとルックの方に体を向けるが、ルックは低い姿勢のままそれを迎え撃つ体勢を取った。
ライトが剣を打ち付けてくる。
ルックはそのままの姿勢で大剣を合わせ、ライトの強撃に耐えた。
しゃがみ込むルックに、体勢は充分と見たのだろう。ライトはそのまま剣に力を入れて、ルックの大剣を押し込んでくる。
体術で劣るルックには辛い状況だったが、限界までそのまま耐え続けた。
そして耐えきれなくなる直前に、ルックの大剣にマナが溜まった。ルックは片手を地面に突いてライトの立つ地面に魔法を放った。
掘穴という、地面を操り穴を作る魔法だ。
左足のところに小さな穴が開き、ライトのバランスが崩れた。
力の抜けたライトの剣を払いのけ、ルックは大剣の先をライトの首に向ける。金髪の少年は崩れたバランスを取り戻すことができず、そのまま地面に尻餅をついた。
ライトは少し悔しそうな顔をしたあとに、ルックに弱々しく笑顔を向けてきた。
「今日は行けると思ったのに、なかなか勝てないなぁ。僕もルックみたいに魔法が使えたらいいのに」
声変わり前の高い声が、ルックのことを賞賛する。
まだ腕利きのアレーには遠く及ばない技量だったが、ルックは大剣で守りに徹するなどで時間を稼ぎ、隙を突いて魔法を放つという戦闘スタイルを確立していった。
そしてさらに一月後の十七の月、十一日。ルーンの誕生日の次の日にルックたち子供三人はフォルキスギルドへ登録を行った。ルックはさらにフォルの試験への申し込みをした。
「へぇ、シュールんとこの子はもうフォルの試験へ挑むんかよ。さすがだな」
フォルキスギルドの事務員に申し込みの書類を渡すと、そんなことを言われた。
ルックは今書いた書類の死亡同意という欄のせいで極度に緊張しており、それにはぎこちなく笑うだけだった。
今後戦士として依頼を受ける際に死亡同意は嫌というほどすることになる。フォルの試験で死人が出るようなことはほとんど考えられないそうだが、度胸も試されているためそうした欄が用意されているらしい。
もうすでにフォルへの試験は始まっているのだ。
余談だが、ルックはぎこちなく笑っただけだったのだが、ギルドの事務員はルックが不敵に笑ったように見えたらしい。
ルックが帰ったあとでギルド内でそれが噂になっていて、それを聞いたドゥールに家で散々からかわれた。
「十歳になって間もない子供が、死亡同意欄に堂々と記名して不敵に笑ったとのことだ。事務員は心配して声をかけたが、その子供は肩をすくめてから黙って立ち去ったんだそうだ」
噂には尾ひれが付くもので、事実無根の出来事がねつ造されていた。
真実の青・ルックは少年時代から豪放磊落な性格で、臆病な大人を鼓舞し、あらゆる危難に立ち向かった。
これはルックの伝説を記したある小説の一節で、事実とは大きく異なる。
これを記した著者がどういう経緯でこう書いたのかは分からないが、もしかしたらこうした根も葉もない噂が元になっていたのかもしれない。
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