『少年の家族』①

   序章 ~真実の青~


『少年の家族』




 強いってなんだろう。


 強い戦士を志そうと決めたルックは、まずそんなことを考えた。


 フィーン時代初期、ルックが読んでいる騎士の時代の物語では、剣術や槍術や馬術にすぐれた人が強い戦士だった。それも体が大きい男ほど強かった。フィーン時代にはまだマナで体を操作する技法が発見されていなかったためだ。

 今の時代、戦士には男だけでなく女も多い。アレーであれば筋肉ではなくマナで体を動かせるため、男女の差がほとんどないのだ。

 ルックのチームは男だけだったが、これはたまたまだ。首都アーティーズにいるアレーの戦士は男女が半々らしい。


「ねえシュール、強い戦士ってどういう人が強いの?」


 ルックはある日の夜にシュールの部屋を訪ねてそう問いかけた。

 質問したい内容をどう聞いていいか分からず、おかしな言い回しになってしまったが、シュールは正しくルックの意図を汲み取ってくれた。


 光籠石で照らした机で手記を書いていたシュールは、顔を上げてルックを見下ろした。


「強い戦士はたくさんいて、色々なタイプの人がいるぞ。俺たちもそれぞれ全然違うタイプの戦士だしな」

「そうなの?」


 ルックは言って首をかしげた。それではどう聞けば自分が強くなる方法が分かるだろうか。


「なんだ、ルックは強くなりたいのか?」


 シュールの問いかけにルックはさらに首をかしげた。これはルックが戦士になるためにシュールに引き取られたからだ。当然そうあるべきだと思っていたことに疑問を投げかけられて戸惑ったのだ。


「ほう、面白そうな話をしているな」


 そこでシュールと相部屋のドゥールが話に参加してきた。

 彼は部屋の奥で、握りに重りの付いたバラグという鍛練用器具で体を鍛えていたが、話に興味を持ったようでルックとシュールのそばに来た。

 彼はバラグを両手に持って、肘から先を上下させながら言う。


「強さにはいくつか要素がある。そして人によって向き不向きがあるぞ。ドーモンは重い武器を振り下ろす破壊力のある攻撃が得意で、シャルグはとにかく速い。俺やシュールは魔法が得意だ」

「そっか。そうなんだ」


 ルックは熱っぽく語り出したドゥールに少し面食らいながらうなずいた。ルック以上にこの話に熱中しているよう見える。


「はは。ドゥールはな、最強の戦士になることを目標に生きているらしいんだ。ルック、この部屋でそんな質問をしたら、きっと今日は自分の部屋では寝られないぞ」


 からかい口調のシュールに筋骨たくましい優顔の男がにやりと笑った。


「最強の戦士ではなく、最強の生命体だ」


 まるで当然のことのようにあっさりと言い切るドゥールに、シュールは呆れたように肩をすくめた。


「ドゥールは魔法が得意なの?」


 ルックの読んでいる騎士の物語でも魔法は登場する。フィーン時代にはマナで体を動かす技法はまだなかった。しかし火と水と光の魔法は発見されていて、騎士と共闘する魔法師部隊が書かれていた。

 騎士に比べ魔法師は体を鍛えておらず、たくましいドゥールとは真逆の印象だ。

 ルックの疑問にはシュールが答えた。


「あぁ、ドゥールは鉄皮という体を固くする魔法が得意なんだ。俺は色んな魔法を駆使する戦い方をするけど、ドゥールは確か三つくらいしか魔法が使えない。その代わりどの魔法もかなり強力だ」


 ドゥールは後ろで一本に束ねた紫色の髪のアレーだ。紫色の髪は鉄のマナを宿す証だ。


「俺の場合はな、鉄皮で体を固めて敵に近付いて、掴んで投げ飛ばすのが得意だ。めったにこんな戦い方をするやつはいないだろうがな」


 ルックはまだ見たことがないドゥールの戦い方を想像した。きっと得意というくらいだから、ドゥールの体は剣を弾くほど固いのだろう。

 どれだけ斬りつけてもビクともしない筋肉の塊が迫ってきて、一度捕まってしまえば防御のしようがない投げ技を繰り出される。

 本来アレーは戦闘などの激しい動きの中で筋肉を使って体を動かす必要はない。それなのにドゥールが体を膨れ上がらせるほどの筋肉を身に付けているのは、投げ技の威力を少しでも高めるためなのだろう。


「ほとんどのアレーの戦い方は、マナで素早く体を動かして相手より先に敵の急所を狙うものなんだ。だからドゥールに勝てる戦士はほとんどいないな」


 シュールがドゥールの言葉にそう補足を入れた。


 ルックは二人の話を聞きながら自分がどうやったら強くなれるのかを考えた。二人の話にはヒントがあるように思えたが、具体的な結論は出なかった。


「強さの要素ってどんなのがある?」


 それで、これから考えるための材料にと思い、ルックはそう質問してみた。「頭のいい子だな」とドゥールがつぶやいて、シュールと二人で様々な要素を上げ連ねてくれた。


 第一に速さ。それから魔法や剣術、力強さや攻撃力、戦略や判断力、回避の上手さや打たれ強さ、集中力、……


 ルックはそれら一つ一つを自分に当てはめて考えて、今の自分に何ができるか、これから自分が何を伸ばせるかを考えた。

 体が小さい分体内のマナの量も少ないため、まだ幼いルックは大人ほどは戦えない。しかし十三歳くらいになれば小柄な人でも大人と同じようにマナを余さず使えるらしい。

 ルックは強くなった自分と、それを称えてくれるはずのライトの姿を思い浮かべて少し心を踊らせた。




 ルックがチームに来て半年が過ぎようという頃、彼らに新たな仲間が加わった。大男ドーモンが単独で仕事に出ていたときに、どこかから拾ってきた子だという。

 緑色の髪の、明るい表情がくるくると忙しく変わる少女だ。歳はルックたちと同じ六歳だという。


「ルーン、拾った」


 大男のその説明に、シュールはあきれ顔をしたが、二人も三人も変わらないと思ってか、何も反対はせずその少女ルーンを引き取った。


 ルーンがどんな事情で親元を離れたのかは謎だった。とても明るい子だったので、暗い理由があるようにも思えない。ただしっかりとした教育がされていたわけではないようで、読み書きなどはシュールとシャルグに教わり覚えた。戦争を知らないのだろうか、剣にはほとんど興味を示さず、魔法に強い関心を示した。

 ルックもちょうどその頃から、ライトに剣で勝つのが難しくなっていた。そのためルーンと一緒に、本格的に戦士としての魔法を習い始めた。


「魔法は体内じゃなく、空気中にあるマナを集めて使うんだ。ルックは青髪だから大地のマナを感じられる。ルーンは緑色の髪だから呪詛だな。感じたマナを決まった形にしていくと、魔法になるんだ」

「じゅそって?」


 ルーンが大きな目でシュールを見上げて聞いた。ルックは横でそれを見て、そんなことも分からないのだろうかと不思議に思った。


「呪詛は呪いのことだ。物にマナを籠めることができる魔法だ。元々は封印の魔法と言われていたんだけどな、むかーしむかしこの魔法を作った人が、不幸な死に方をしたんだ。だから呪詛の魔法と呼ばれるようになった。

 ルーンも呪詛の魔法が使えるようになっても、絶対人にマナを籠めないって約束だぞ」


 このころにはシュールも子供と話すことがうまくなっていて、ルーンのために分かりやすい口調で話していた。


「うん、約束するー!」


 ルックもルーンも、魔法の飲み込みは良い方だった。ルックと同じくルーンは呪詛のマナをすぐに感じられるようになり、シュールに教わり始めた次の日には、簡単な魔法を使って見せた。


 魔法が上達するとルックは楽しくなって、地の本に載っていた魔法をかたっぱしから試し始めた。まだとても戦闘の中で使えるようなものではなかったが、載っていた大地の魔法の半分は使えるようになった。

 残りの半分は、ルックの幼い集中力で集めるには多大すぎるマナが必要なものだ。それ以外でマナの組み方が難しい魔法は、ルックには訳なく使えた。

 ルックは同年代のアレーでそれほど際立った存在ではなかったが、魔法に関してはなかなか優秀だったと言える。

 そして自分だけでは使えなかった残りの魔法のほとんどは、形見の大剣を使うことで発動できた。

 聞けば、その剣は一本で小さな家が建つほど値が張るものだという。


 ルーンもルックたちと同じ部屋になった。ルーンは何もかもが楽しいというように笑う子だったので、三人になった部屋はたちまち以前の三倍はにぎやかになった。

 毎晩三人で眠る前、ルックは二人に本で読んだ物語を話して聞かせた。孤児院に置いてあった、子供向けの物語を話すと、ライトは「それでそれで?」と、目を輝かせて先を促してくる。歳は一緒だったが、ルックはライトを本当にかわいく思っていた。ルーンもそれは同じようで、ライトが楽しそうに話を聞いていると、そのライトの喜びようが楽しいというように目を細めているときがあった。


 ルーンがチームに加わってからも、ルックは毎日強い戦士になるために剣や魔法の練習をした。まだ形見の大剣は振り回せないが、将来それが使えるようになったときのため、大きめの長い枝を振って剣技を磨くようシュールに言われていた。


 ルーンはライトへは優しかったが、大人たちにはわがままで、ルックに対しては何かと理由を付けてからかってきた。


「あはは、ルックが枝を振ってるっていうより、ルックが枝に振られてるみたい」

「そんなことないよ。ちゃんと僕が枝を振ってるよ」


 ルックは言い返すが、それがルーンには楽しいらしい。ルックが真面目に剣を練習しているのに、次々にからかいの言葉が飛んできた。


「そんなことより、ルーンは剣の練習しなくていいの?」


 終いにルーンのからかいへの上手い切り返し方が分からなくなった。ルーンはルックが反論を考えているうちに、三つは何かをからかってくるのだ。だから別の話題を振ってみた。

 これは今ルックが本当に気になっていたことだ。ルックたちは戦士になるためにこのチームに育ててもらえているのだ。しかしルーンは一向に剣に興味を持たない。だからいつか彼女が捨てられてしまうのではないかと心配していたのだ。


「うん、大丈夫だよ! 私は剣なんて使わないもん」


 ルーンはルックの心配などまるで分かっていないように、あっけらかんとそう言った。

 考えてみると、ライトもまだ自分が戦士になるためにここにいるのだとは思っていない。ただ毎日を楽しく過ごしているだけだ。


 ルックは隣にいるライトを盗み見た。ライトはかけ声を上げながら枝を振っている。そのかけ声は相手に攻撃を予測させるだけで、本当なら必要ないものだ。


 ルックは次にシュールを見上げた。シュールは空き地に積まれた木材に腰をかけている。理知的な青年は本を読みながらたまにルックたちに目を向けて、素振りをする自分たちの様子を確認していた。シュールもルックが強くなりたいということに驚いていたようだったし、まだそれほど真剣に考えなくてもいいのかもしれない。


「おいルーン、カン帝国はまたアーティスに侵攻してくるぞ」


 しかし、ルックに見られたことに気付いたのか、シュールが本から顔を上げルーンに指摘をした。


「別に剣を使えなきゃいけないわけではないけどな、自分の身を守れるくらいにはなってほしいと思っているよ」


 諭すようにシュールは言ったが、ルーンは真剣には取り合わず、「えー」と言って口を尖らせた。


「私が戦えなくてもルックが守ってくれるもん!」


 ルックには全くそんな発想はなかったのに、ルーンはさも当然のようにそう言い切った。

 シュールは言い返されて怒るでもなく、笑って、なぜかルックの頭をぽんぽんと叩くようになでた。

 頭をなでられながら、ルックはルーンの言葉を真剣に考えた。


 この何気ないルーンの言葉がこれからのルックに与えた影響は大きい。

 このほんの些細なきっかけによって、ルックにとっての「強さ」とは、ただの理想ではなく「必要な力」になっていく。

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