第10話 決着
ウェンディは、たとえ状況を打破する方法を見つけられなかったとしても、撃たれる瞬間、目だけは瞑るまいと覚悟して、セドリック牧師が引き金を引くのを見ていた。
次の瞬間、小さな爆発音とともにセドリック牧師は呻き声をあげてその場にうずくまった。暴発したのだ。
ウェンディは間髪入れずにセドリック牧師に駆け寄ると鞄から応急手当のための道具を取り出して、手早く手当てをしてセドリック牧師を縛り上げた。
銃の暴発とご主人の呻き声に反応したブラックドッグの腹をアレンが下から蹴り上げるとブラッグドッグの顎の力が緩み、ようやく左腕を解放される。
「俺の血は美味くないだろ」
立ち上がったアレンは左腕の噛み跡を見ながら肩を竦めた。実はブラッグドッグの対策として、ウェンディが大きな鞄の中に火かき棒をいれている。火かき棒を投げつけるとブラッグドッグは硫黄の匂いを残して消えると言われているからだ。
しかし、そんなまどろっこしいことはできないなとアレンは肩の力を抜いた。
武器も持たず、構えもしないアレンの姿を見て、ブラッグドッグは好機と言わんばかりにまた躍りかかる。アレンの喉元に噛みつく寸前で彼の身体は霧散する。無数の小さな黒い蝙蝠があたりに飛び散り、ブラッグドッグの視界を覆いつくす。
「そろそろ終いにしよう。返してもらうぞ、俺の力」
無数の蝙蝠に包まれ、死した番犬であるブラッグドッグが感じたのは恐怖。もう死んでいる犬には死の恐怖は本来なかったが、無数の蝙蝠に囲まれたブラッグドッグは足を竦ませ、次に何が行われるとしても抵抗できなくなってしまった。
しばらくして、ブラッグドッグはその場にかすかな硫黄の匂いを残して消えた。
アレンが無数の蝙蝠から人の姿へと戻ると土で汚れたウェンディが目の前にいた。
「ブラッグドッグは、もう現れないと思います」
彼女の足元に掘り起こされた小さな木箱をアレンは一瞥する。木箱の表面には「ブルーノ」と書かれていた。
「犬の死体を掘り起こせば、この墓地に埋まっていないことになり、墓守は存在しなくなるっていうわけか」
「人間の死体の方は警察に任せましょう。セドリック牧師も気を失っているみたいなので。あ、そうだ」
ウェンディは思い出したかのようにアレンの顔に向かって、拳を叩きこもうとした。その拳を驚いた様子もなく、アレンが手の平で受け止める。
「物騒だな」
「左腕、大丈夫そうですね」
自分の拳を受け止めたアレンの腕を見て、そう言う彼女にアレンは不適な笑みを浮かべた。
「お前の方も戦闘能力が戻ったみたいだな」
「おかげさまで」
ブラッグドッグは消えた。当然、奪った能力は元の持ち主に返還されたんだろう。
「ということは、俺も吸血能力が戻ったわけだ。血が吸えるようになって、目の前には女性が一人。どういう状況か分かるな?」
顔を近づけてきたアレンの胸に掴まれていない方の腕で構えた予備の銃を持ち、ウェンディは彼の胸に銃口を押し付けた。銃の中に入っているのは特注の弾丸。吸血鬼用の弾だ。
「心臓を撃ち抜く方が先だと思いますけど」
「やめたやめた。今日は血を吸わないさ。一時的とはいえ、協力した中だ。敬意を払おう」
アレンはウェンディから手を離すと足元の木箱をもう一度見た。
「この犬、結局、なんの化け物と合体してたんだ?」
「たぶん、シェイプシフターです」
「シェイプシフター……変身がお得意の怪物か」
「古今東西、正体は幽霊だったり、爬虫類人だったり、遺伝子操作されて生まれた生物だったり、諸説ありますが人の姿を真似たり、能力を手にすることだけは同じです」
「どうして、シェイプシフターだと?」
「ブラウン研究員の研究室の散らばった資料の中にシェイプシフターの研究資料もありましたから」
足元に乱雑に散らばった研究資料にもわざわざ注意を払っていたのかとアレンは感心を通り越して、呆れていた。彼女に戦闘能力がなくても、化け物関連の事件を解決するハンターとしての推理力に期待をして声をかけたのは自分だったが、アレンの予想以上の能力をウェンディは持っていた。
「あのばばぁが弟子にしてる理由が分かった気がする」
ぼそりと呟いたアレンの言葉はウェンディには聞こえなかった。
ウェンディは化け物のことを認知して、ハンターにも度々協力してくれる警察の人間へと電話をした。
ブラッグドッグの件は警察には伝えず、ただ死体を発見して、殺されそうになったが、セドリック牧師が引き金を引いたら銃が暴発したという筋書きにしてもらった。
セドリック牧師は一年前、教会に一人でやってきた若い女性と関係を持ち、それを妻に責められた際に殺してしまった。
その時に妻に懐いていたブルーノも殺して、先に墓に入れたらしい。そして、ブラックドッグが誕生した。セドリック牧師は妻を殺した後の一年。教会に一人で来た若い女性の話を聞く振りをして、関係を持つとその女性を殺して、埋めた。
あの家庭菜園の場所に埋まっていた女性の死体の数は全部で七つだったらしい。
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