第8話 新たな被害者


「先に屋上に行っておいてください」

「もう共同戦線を張ってるんだから、招き入れてくれてもいいんじゃねぇか?」

「留守中にあなたを事務所内に入れたりしたら、絶対に師匠に殺されます。嫌です」

「仕方ねぇか。また壁を上るとするか」


 そう言いながら、アレンはウェンディの隣で体を無数の蝙蝠へと変化させて、屋上へと無数の蝙蝠が飛んでいった。

 ウェンディはそれを横目に事務所の入り口横のポストを開けた。中には二つに折り畳まれたメモが一枚。


『被害者あり。赤いレンガ通りの理髪店裏にて二十代の男性が襲われる。視力が奪われ、何に襲われたかも覚えていないと言う。それ以外のことは分からない』


 ウェンディはそのメモを握りしめて、アレンの待つ屋上へと急いだ。アンシーリー研究所への往復もあり、もうすでに日は落ちていた。

 屋上の扉を開けて「被害者が増えた」とウェンディが言うと紙袋からチョコレートを取り出そうとしていたアレンの動きが止まった。ウェンディはそんな彼に手に持っていた紙を手渡す。さっと目を通したアレンは顎に手を当てる。


「視力か……。洒落にならないものばかり奪っていくな」

「このまま被害が拡大すると取返しのつかないものになる可能性もあります……。その前にどうにかしないと……」

「犯人は犬のような化け物っていう特徴しか分からない……。さすがにハンター見習いのウェンディじゃ荷が重いか?」


 ウェンディはかがんで、コンクリートの床に置いたホワイトボートを見つめて、黒いマーカーペンを握る。

 アンシーリー研究所。赤いレンガ通り。チョコレート手の裏。理髪店の裏。

 今回の事件に関わっている場所の簡易的な地図を描きだしていくとその手際の良さと正確さにアレンは目を見張った。思わず口笛を吹くが、アレンの反応など意に返さずにウェンディは黒いマーカーペンから赤いマーカーペンに持ち替えて、アンシーリー研究所から赤いレンガ通りへと矢印を伸ばしていく。


「化け物はどうか知りませんが、動物には帰巣本能があります。もしかしたら、犬のような化け物は研究所から逃げ出して一直線で自分の縄張りに戻ってきた。そして、赤いレンガ通りが縄張り内だったから、縄張りに入った人間や化け物を襲い、能力を奪っていたとすると……」


 ウェンディは、アンシーリー研究所から赤いレンガ通りまで伸びている赤い矢印の先をさらに伸ばした。そして、赤いレンガ通りの向こうの地図を描き込む。


「犬のような化け物が帰巣本能から赤いレンガ通りを通っているとしたら、この矢印の先には白の教会があります」


 白の教会とは牧師が一人いるだけの質素な見た目の教会だ。週に一回の礼拝以外に人が集まることは滅多にない。教会のすぐ横に牧師の家があるため、牧師の妻の趣味から教会裏の牧師の家の敷地の庭には家庭菜園が広がっているという。


「教会に犬か……どうにも結びつかないが、明日話を聞いてみるのもいいかもしれないな」

「……いえ、今から聞きに行きましょう」


 ウェンディはすくっと立ち上がった。


「牧師もいきなり訪れても面倒くさがる可能性があるだろう? それに犬の化け物と教会なんて結びつかない」


 ウェンディは首を横に振った。


「あの教会の牧師夫婦は、犬を一匹飼っていました。毛が長い黒の大きな犬です。名前はブルーノと言っていました」


 ウェンディはこの街のことをよく知っている。師匠であるマクニーに引き取られてからというもの、元の故郷よりも馴染みがあると言っても過言ではないだろう。

 だから、知っているのだ。

 あの質素な教会の犬がいなくなっているのも、菓子作りが趣味の穏やかな牧師の奥さんが家出して、もう一年も帰ってきていないのも。

 ウェンディの確信したような目にアレンは大人しく彼女に従うことにした。しかし、この危機感のない娘に忠告はしておかなければならないとアレンは老婆心ながらも口を開いた。


「もし、戦闘になっても動くなよ。拳銃を化け物相手に向けても引き金は引くな。戦闘能力皆無の状態のウェンディが引き金を引いたら、暴発しかねない」


 ウェンディは熟考した後にやっと頷いた。


「分かりました。戦闘は全てアレンに任せます」

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