第7話 研究員の証言

 依頼者の名前はケネス・デ・ブラウンといい、アンシーリー研究所の研究者の一人だ。研究者一人一人に部屋が割り当てられ、彼の研究室は家探しをされた後のように荒らされていた。


「もしかして、化け物が逃げる時に荒らされたんですか?」

「え? いや、これはいつもです」

「そうですか……」


 事務所も放っておけばこうなってしまうのだろうなと掃除という概念をあまり理解していない師匠のことを思い出して、ウェンディは天を仰いだ。


「分かってることはないのか? 逃げ出した化け物について」


 ブラウン研究員は机の上も段ボールの上も床の上もひしめき合うように存在している資料を一枚一枚手に集めて、乱雑に置かれている紙の束を積み重ねていった。紙の束に隠れて、水槽やカプセルや標本など、化け物に関する展示物などがいくつかあった。


「覚えてはいないものの、資料をかき集めて、分かったことがあるんだ。僕は、二つの化け物を統合した新しい化け物を作ろうとしていた」


 ブラウン研究員は段ボールの上に腰かける。床にも紙が散らばっており、足の踏み場もないと思ったアレンとウェンディはいまだに彼の研究室の中に入れずにいた。

 ブラウン研究員はテーブルの紙の上に置いてあったマグカップを手に取るとその中のものを口に流し込んだ。液体ではなく、それは茶色の粒。コーヒー豆がそのまま入っていた。数粒、口の中にいれて、がりがりと噛む彼にアレンの口から思わず「うわ……」と声が漏れたがウェンディはなにも見なかったことにして、話を続けることにした。


「俗に言うキメラですか?」

「あんな合成獣と一緒にしてもらったら困るね! 僕が作ろうとしていたのは、身体的特徴をただまぜこぜにしたゲテモノじゃなくて、優位な素材や特徴や能力を集めて、作ったハイブリットさ。例えば、猫と人間を混ぜてキメラを作って、人間に猫耳と尻尾が生えてなにがある? 意味がないだろう?」


 急に饒舌になったブラウン研究員に思わず、ウェンディはアレンに目配せをした。しかし、アレンは首を横に振る。


「猫と人間をハイブリット化するのなら、その身体能力! そう! 猫の特徴である手足を持ってくるべきだ! 耳と尻尾よりもそっちの方がよほど効果的だ!」

「ブラウン研究員。逃げ出した化け物のハイブリットは、ずばり何と何を統合したんでしょうか?」


 教師に生徒が質問するように片手をあげるウェンディに「いい質問だね!」と教師のようにウェンディを指さして、褒めるブラウン研究員。


「分からない。分からないが、片方は犬のようなものだと思う」

「いい質問だねと言いつつ、分からねぇのか」

「分からないものは分からないんだ。仕方がない。でも、この研究室から窓を破って出て行った化け物の毛らしきものが窓ガラスに残っていた。犬の毛だ」


 ブラウン研究員は白衣のポケットから透明な密閉袋にいれた黒い毛を持ち上げて見せた。ウェンディは足元の紙を慎重に避け、足の踏み場を探しながら、ブラウン研究員の前に辿り着くと、まじまじと密閉袋の中に入った毛を見つめた。


「犬の毛……」

「ブラウン研究員。その化け物の特徴は他になにか分かるか?」


 アレンの質問にブラウン研究員は首を横に振った。


「いつもの僕なら分かるかもしれないが、今はどうにも……。頭を打ったからか頭がぼんやりしてるから考えるのが億劫なんだ」


 アレンはじっとブラウン研究員を見た。もし、彼がアレンとウェンディを襲った化け物に襲われ、逃げられたのならば、記憶以外にもなんらかの能力を奪われた可能性がある。それが知能だとしたら、ブラウン研究員がぼんやりしていると言い出すのも頷ける。


「じゃあ、ブラウン研究員。その化け物を見つけたとして、捕獲不可能だと思ったら始末してもいいのか?」


 ブラウン研究員は腕組みをして、頭を悩ませたと思うとすぐに顔をあげた。


「始末してもらってもいいです。ハンターが捕獲不可能だと言うのなら、研究員である僕にはどうしようもできないですから」

「その返事が聞けてよかった」


 脱走時の状況などを深堀りしてブラウン研究員に聞きだし、これ以上の話は聞けないということでアレンとウェンディは研究所を出ることにした。


「研究をしているから、自分の研究した化け物の始末を簡単に許すとは思いませんでした」

「研究し終わったものなんて、あいつらにはなんの意味もないだろう。たいがいが好奇心だけで動いてる奴らだからな」


 二人はブラウン研究員の様子を思い出す。コーヒーではなく、コーヒー豆をそのまま経口摂取する様が脳内で浮かび上がり、二人はもうブラウン研究員のことを考えないように頭から振り払った。

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