第5話 屋上作戦会議

 曇りだったのが午になるに連れ、晴天へと変わっていき、ウェンディが屋上に戻ってくる頃にはアレンは屋上のコンクリートではなく、屋上の出入り口の軒先の下の日陰に避難していた。

 自分の師匠と何度も戦いを繰り広げている吸血鬼が日陰に避難している様子を見て、ウェンディは思わず、噴き出してしまった。


「笑いたければ笑えばいい。ただし、手伝ってやらないぞ。戦闘もできないお嬢さん一人で事件を解決できるならな」

「ああ、いや、これは……あ、それより、気になる証言を酒場で聞いてきた」


 ウェンディがあまりにも露骨に話を逸らしたが、酒場で情報が手に入ると露程も思っていなかったアレンは目を丸くして、その話題に飛びついた。


「被害者が他にもいたのか?」

「被害者かもしれないし、元凶かもしれない。アンシーリー研究所は知っているか?」


 ウェンディが「私はあまり知らないが……」と付け加えるとアレンは胸を張った。


「もちろん。知ってるさ。アンシーリー研究所には世話になることも……いや、騙されたことならある」

「だまされた?」


 思わぬ返答にウェンディは首を傾げた。


「アンシーリー研究所が化け物の研究所ということはもちろん、知っているな?」

「ああ、知ってる」

「じゃあ、彼らが人間の味方にも化け物の味方にもなることは知ってるか?」


 ウェンディは眉間に皺を寄せた。研究所というからには日常に役立つものの発明や、ハンターの仕事の手助けをするものの考案や、人が化け物の被害にあわないように化け物の情報を集めている場所だと思っていたため、化け物の味方になるということが全く想像できなかった。


「具体的に説明してくれ」

「とりあえず、アンシーリー研究所はとてもフェアだと言っておく。まず、情報提供した人間や化け物に対して、謝礼金を支払う。もちろん、あいつらが欲しいと思った情報のみに金を払うという意味だ。相手がハンターなら、狩った化け物の肉や血、収集物などを渡しても謝礼金をもらえる。そして、それは化け物に対しても有効だ。化け物が自分の血肉を差し出せば、研究材料として認められ、謝礼金、もしくはそれに見合ったものを要求できる」

「なるほど……確かに差し出したものを物々交換するのも、お金で交換するのもフェアだ」


 アンシーリー研究所がただ恐ろしいものだと考えていたウェンディは眉間に皺を寄せたままではあるものの、自らの中のアンシーリー研究所のイメージを直していった。


「ところで、騙されたというのは?」

「俺は血と血の交換をしたんだ。俺の血を研究材料として渡す代わりに人間の血をもらうと」

「フェアな取引か……?」

「なのに、血の採取が終わったあと、俺は輸血パックを渡されて研究所から放り出された! 俺は新鮮な人間の血が欲しいと言ったはずだと……。しかし、抗議をしても、サインした契約書には「採取した血の三倍の量の人間の血と同等のものを渡す」としか書かれておらず……」


 ぎり、と歯ぎしりをするアレンを見て、ウェンディは思ったことを口にした。


「それはお前が契約書をちゃんと読まずにサインをしたのが悪いんじゃないか?」


 アレンは口を引き結んで、なにも言わなくなった。

 ウェンディはそんなアレンを無視して、屋上の入り口の扉を背に座りこむと膝の上にのせたホワイトボートに「アンシーリー研究所」と書き込んだ。


「このアンシーリー研究所の職員が、実験していた化け物を逃がしてしまったらしい」

「間抜けだな」

「だから、捕まえてほしいとハンターに依頼をしているが、みんな、断っている」

「なんだ、臆病者の集まりか、ハンターっていうのは」


 ウェンディはアレンのフードを被った頭を叩こうと手を振るったが、その手は空を切った。


「依頼を誰も受けなかったのは、研究員が実験していた化け物の姿も性格も能力もまったく覚えていなかったからだ。なにを研究していたのか分からないと言ってるらしい」

「……俺達と同じ状態か」


 なにを研究していたか分からない研究員と、なにに襲われたのか分からないウェンディとアレン。状況が似ていると認めて、アレンは思案するように口元に丸めた手の甲を押し当てた。


「その実験動物が逃げ出したのはいつ頃だ?」

「依頼を受けていないみたいだから、これ以上のことはハンターも知らないだろう」

「もし、知りたいのなら、依頼を受けて、研究者に話を聞くしかないということか……」


 アレンは大きくため息を吐いて、だらりと手足を伸ばした。


「いやだなぁ。あの研究所にまた行くの……」

「血のことは自業自得だろ」

「違う。騙されたんだ」


 頑なに自分の失態を認めないアレンがウェンディには自分よりも若い子供に見えた。今が昼ではなく、夜だったら、コンクリートの床の上で手足をじたばたとさせて駄々をこねていたかもしれない。

 しかし、しばらくして、紙袋からチョコレートを取り出して、三つほど食べたところでアレンは立ち上がった。


「その依頼、受けようじゃないか」

「アンシーリー研究所の場所は私は知らない」

「俺が知ってる。すぐ行って速攻で帰ってくる。有益な情報がなかったら研究所で暴れてやる」

「私怨じゃないか」


 アンシーリー研究所に出発するまでウェンディは懇々とアレンに研究所の人間には危害を加えないようにと釘を刺すことになった。

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