第3話 チョコレート会議
「師匠は今砂漠地帯に行っている。いくら師匠でも化け物退治をすぐに終わらせたところで砂漠から時間をかけずに帰ってくるのは無理。飛行機や天候などを加味した結果。師匠は明日の夜中……具体的に言うと午後十時頃に帰ってくるはず」
ウェンディが先ほど事務所に戻り、パソコンを起ち上げ、自身のメモ帳に必要な状況をメモし、屋上に戻ってきた。その手には五十センチほど横の長さがある長方形のホワイトボートが握られていた。
ホワイトボードに赤いマーカーペンで「明日午後十時」とウェンディが書くと屋上のコンクリートの床に座ったアレンは「ヒュウ」と口笛を吹いた。
「本当か、それ?」
「大丈夫だ。師匠の帰りの時間を間違えて計算したことはないから」
足手まといだと置いていかれることは多々あるとウェンディは過去何回、師匠の帰りの時間を計算しただろうかと考え始め、途中でこんなことを考えている場合ではないと勢いよく首を横に振った。
「ということでタイムリミットは明日の午後十時までだ」
「それまでは共同戦線ってわけだな」
「そもそも、吸血鬼なのにこんな時間に行動していいのか?」
ウェンディが訝し気にアレンを見た。現在時刻は午前十時。現在の天候が曇りだとしても、日差しが全くないわけではない。
アレンはフードの先をつまみ、深くかぶり直した。
「直射日光を浴びなければ、なんていうことはないな」
「それなら、このまま話そう」
ウェンディは、ホワイトボードを持ってくる際、一緒に持ってきた破り捨てる予定だった手紙をコンクリートの上で広げた。真ん中から真っ二つに分けられていたが、それは気にせずに重ね合わせることで何事もなかったかのように振る舞う。
「赤レンガの通りのチョコレート屋の隣の細道から裏路地に入ったところで、原因不明の何かに襲われたとあったが、なにかは覚えていないのか?」
「お嬢さんもそうだろう? 少なくとも、姿を確実に見たはずなのに俺は思い出せない」
ウェンディは顎に手を当てて、当時の状況を思い出そうと努めた。
朝日が昇ろうとしていた時刻。件の場所のような裏路地には一切朝日の光は差し込まなかった。その裏路地を細心の注意を払って、歩いていた。拳銃を抜いたことも覚えている。
拳銃を抜いたということは相手に向けたということだ。しかし、誰に向かって拳銃を向けたか思い出せない。
「……私も思い出せない。見たはずだとは思う」
「人の記憶を奪って、さらに能力までも奪うなんてどんな奴なのか、俺には全く想像できなくてな。だから、ハンターを頼ったというわけだ」
「それにしても、人間である私はともかく、吸血鬼の能力を奪うなんて……いったい今回の化け物はなにを考えているのか」
ウェンディは、ホワイトボートに「記憶」と「能力」と書いて、そこから矢印を伸ばして、「奪う」と書き込んだ。もちろん、その上には「赤レンガ通りのチョコレート屋の隣の細道から裏路地に入ったところ」と書き込んだ。
「そもそも、私は相談を受けたから行ったが、あの通りになんの用があって行ったんだ? もしかして、人を誘い込んで……」
血でも飲むつもりだったのか、と睨みつけるように目を細めるウェンディにアレンは慌てて、手を横に振った。
「ないない。決して、人の血を吸おうと思ったわけじゃない」
「じゃあ、どうして」
「チョコレート店があるだろ。そういうことだ」
「どういうことだ」
アレンは肩を落とすと、マントを捲り、腰のベルトに括り付けていた紙袋を取り出した。紙袋に大きくプリントされているのはウェンディも知っているマークだった。赤レンガの通りのチョコレート店のマーク。
「……まさか、チョコレートを買っていたのか?」
「もしかして、吸血鬼が血しか摂取しないと思っているのか? 健康に悪いだろう」
血を飲む吸血鬼に健康もなにもないだろうにと顔を顰めるウェンディなど気にせずにアレンはチョコレート店の紙袋から豆のように丸い銀紙に包まれたチョコレートを取り出すと口に放り込んだ。
「お嬢さんもいるか?」
「いら……いる……」
吸血鬼から食べ物をもらうのはいかがなものかと思ったが、赤レンガ通りのチョコレート店は全体的に値段が高いことを思い出して、ウェンディは覚悟を決めた。
差し出された紙袋からアレンが食べているものと同じ丸いチョコを取り出すと銀紙を剥いて、チョコを口に放り込む。くちどけのいいミルクチョコレートに思わずウェンディの顔が綻ぶ。
「気に入ってもらえたようでよかったよ」
「……ありがとう」
化け物にお礼を言うのもハンターとしてどうかと思ったが、ウェンディは自分は見習いだからと心の中で言い訳をしてからお礼を言った。
もう一ついるかと差し出された紙袋から今度は四角のチョコレートを取り出したウェンディは銀紙を剥きながら、アレンを見た。
「恨まれて、吸血能力を取られるようなことは?」
「恨みなら買ってるかもしれないな。吸血鬼という時点で恨まれる原因にもなるし、ほら、俺っていかしてるだろ? 他の吸血鬼からも目の上のたんこぶにされてるんだ」
「確かに鼻につく」
「言い方」
ウェンディはビターチョコを味わいながら、ホワイトボートを見つめる。
「もしかしたら、他にも被害者がいるかもしれない。それなら、アレンだけを狙った犯行とは言えなくなる。無差別か、それとも目的があってのことなのか」
「他に被害者か……。化け物同士は対して仲良くないからな。なんの情報もないな」
「なら、私が酒場で聞いてくる。ハンターがたくさんいるので、被害者の話なら事欠かないと思うし」
「俺は?」
「ここでじっとしていて」
ウェンディはホワイトボートをコンクリートの床に置くとさっさと屋上の扉を閉めて、鍵をかけた。その場に残されたアレンはやることもなく、チョコレートの紙袋から取り出した板状のチョコをかじった。
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