第42話
試合が始まった直後のことだった。隣の試合場からとてつもないほどの歓声と拍手が鳴り響いていた。たかだか1回戦なのにも関わらずこの盛り上がりの異様さに、僕も相手も数秒の間固まってしまった。審判が思わず「待て」の声を上げた。
その声でハッと我に返り、監督の方をちらっと見ると監督は優しく微笑みながら言った。
「集中!」
僕は黙って頷いた。この程度で集中を切らしていては全国なんて勝ち抜けない。期待をしてくれている坂上、クラスの皆、深雪さんや姉さんたちに負けて帰るなんてダサいことはしたくない。
再び響く「始め」の挨拶で僕は奥襟を飛んで取りに行った後に大外刈を仕掛けると相手はいとも簡単に転んだ。
技ありを得た。そのまま寝技に持ち込もうと横四方固めに移る。無事ガッチリと固めて押さえ込みの時間が20秒経つ。ブザーが鳴り響き何とか1回戦を突破した。
対戦相手に礼をして、畳にまたひとつ礼をして降りると監督は僕の頭を撫でながら言う。
「さっきの会場はお前の席蹴ってきた男の教え子が勝った試合だ」
「そうなんですね」
「大丈夫お前なら勝てるさ」
「はい」
1回戦を勝ち抜いたことを連絡するために汗を拭きながらスマホをいじっていると僕の監督と因縁がある、あのヤクザ顔の監督が僕の方へ向かってきていた。挨拶をしないのは失礼に当たると思い立ち上がり頭をひとつ下げるとヤクザ顔監督はニコッと怖い笑みを浮かべ僕の耳元でぼそっと囁いた。
「俺の名前はマサツグってんだ。決勝まで上がってこい」
「……そのつもりです」
「ふふっ」
マサツグと名乗ったヤクザ監督が去っていった数秒後のことスマホに着信が入る。姉さんからだろうかと思い覗くと驚いた。
「大丈夫?!」
「へ、な、なにが?!」
「変な人に絡まれてるでしょ!」
姉さんはここに居ないはずなのに、なぜ僕がヤクザ顔に絡まれているなんて分かるのかぞっとした。
まさかと思い、2回戦までの間に外へ出て外周を走りながらどこかに隠れていないか確認したが居なかった。
恐る恐る聞いた。
「ど、どうしてそれが?」
「お姉ちゃんだもん。分かるよ」
いやいやいやいや。お姉さんだからって分かるわけないだろ!
そう思ったが、あの二人なら、姉さんならやりかねない。背中に冷や汗が流れる。怖くなりスマホを見ないようにして試合会場に戻ると監督は険しい顔つきをしながら次戦の相手を見つめていた。
「監督?」
「次戦の相手は去年の全国ベスト8らしい。気張っていけよ」
「はい」
どう戦うべきかイマジナリーフレンドを用意して監督の準備してくれていたメモを見ながら目を瞑り思考を練った。
次戦が始まる数分前。僕が畳の前に立っていた時だった。
会場の入口に、見た事のある姿が映る。
☆☆☆
「ここが龍介くんが頑張る会場だ。私も応援しなきゃっ!」
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