第43話

 次戦前、畳の前に立ち監督からの言葉やエールを聞きながら少し会場の扉へ目を向けると目を疑いたくなるような事実が飛び込む。僕は目を擦りながら、今見ているものは幻覚だと思い込みたかった。なぜなら茉莉姉さんが居たからだ。


「龍介?」

「あ、監督すみません」

「どうした。聞いてたか?」

「はい。すみません」

「集中しろよ」

「はい。勝ちます」


 名前がコールされる。僕は茉莉姉さんは来ていないと思い込み、試合へ集中しながら挑んでいたが試合中、「待て」がかかり監督の方を見ると茉莉姉さんが映る。


 有り得ない。なんでここまで来てるんだ。


 そんな気持ちでいっぱいだったが負ける訳にもいかず時間ギリギリを使ってなんとか技ありだけ奪い勝利をもぎ取った。


 畳から降りて、監督から褒め言葉を受け取った後に自分の荷物の置いてある場所まで戻ると茉莉姉さんが座っていた。


 これは幻覚じゃないんだなと、現実に引き戻される。


「姉さん?!」

「うんっ♡」

「……なんで居るの」

「龍介くんの勇姿は見届けなきゃ!」

「いつ来たの」

「ひ・み・つ♡」


 ただただ背中がゾッとした。来るわけなんてないと家で大人しく待っていてくれると思っていたからだ。僕はただ茉莉姉さんの頬をつねりながら言った。


「大事な試合なんだ。邪魔されたくないんだよ」

「え、お姉ちゃん邪魔……? え、ごめんね。ゆるして。おねがい、なんでもするからおねがい。ゆるして……」


 姉さんの茶色の瞳が真っ黒に変わった。


「お姉ちゃんりゅーくんのためならって思って、え、りゅーくんはお姉ちゃんのこと嫌い? いやだ? ころしたい?」

「そ、そんなこと言ってないよ?!」

「ねぇ悪いとこ治すからみすてないで。おねがい」


 姉さんは壊れたように僕に縋る。その姿が恐怖心を助長させる。僕はささっと汗を拭いて外で次戦までの間待とうとしたが、茉莉姉さんは必ず僕の行く場所に現れた。


「姉さん!」

「な、なに」

「帰ってよ!」

「りゅーくん……。だめなお姉ちゃんでごめんね」


 少し言い過ぎたかなと反省もしつつ、茉莉姉さんが帰ってくれることに何故か安心感が湧いた。


 僕は会場に戻り次戦相手を見つめていた。背負の上手い選手で勝てるか不安になりながらも、監督は勝てると背中を押してくれていた。頑張るぞと気合を入れ、監督とともに談笑しながら畳の前に立ち試合を待っていた。

 その頃姉さんがあんな風になっていたなんて知らずに。


 ☆☆☆


「りゅーくん。お姉ちゃんあなたのためになんでもするから」

「お姉ちゃんはりゅーくんにならなんでもあげられるの」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんはりゅーくんがだいすきなの」

「すき。本当に好き」

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