第32話
冴香は僕を見ながら、うるうると涙がこぼれ落ちそうなほど貯めて言った。
「龍介くんが付き合ってよ……」
その一言に僕はひとつ息を吐いて、どう答えるべきか悩んでいた。確かに冴香は可愛いと言うよりは美人系ではあるものの、僕にだけ時折見せる可愛い笑顔、こういううるうるとした瞳。
これを見れば男なんてイチコロだろうなんて思っていたが、僕は冴香を見ながら答えを出した。
「僕は付き合えない。仮に僕が君と付き合ったとして、中里はどうすると思う?」
「……」
「強硬手段に出ると思う。僕は危険な目に合っても構わないけど、君が危ない目に合うのは困る」
「うん」
「中里の件は、坂上のお兄ちゃんに相談してみるよ」
「ありがと」
僕は人生で初めて告白され、人生で初めてそれを断った。告白されて断るのは、相手にとっても自分にとっても辛いものなのだと感じたが、それよりも先に中里の問題を早々に解決しなければという気持ちが働いた。
「じゃあ、冴香ちゃん」
「うん?」
「中里の件は任せて。安心して」
「うん。ありがと」
冴香は普段クラスに居る時のような、クールで誰も近寄らないような顔つきに戻り、教室に戻って行った。
問題を解決するために僕は中里に会うため中里の居る教室まで向かうと、中里は最近はやりのライトノベルという本を読みメガネをクイッと上げながら、分かりやすいくらいのヲタクオーラを身にまとっていた。
僕は中里を呼んだ。
「中里くん」
「……おや。金沢龍介だったかな?」
「ちょっと来てくれるかな」
「……良いでしょう」
謎の上から目線にイラッとしたが、我慢しながら中里と使われていない教室に向かった。暗い部屋の中、僕は中里に対して言った。
「冴香のことを脅すな」
「何言ってるのか分からないなぁ〜」
わかりやすい誤魔化し方に僕はイラついて中里の胸ぐらを掴むと、中里は言った。
「暴力なんていけないなぁ。どうする、君が暴力ふるって来たって言ったら、君の全国大会出場は夢のまた夢になるかもねぇ〜?」
「……」
僕は胸ぐらを掴むのをやめ、心を落ち着かせて中里と話し合おうと椅子に腰かけるとニヤッと笑いながら中里は言った。
「君、冴香殿のこと好きなんだろう?」
「いや?」
「え?」
「冴香のことが好きなのは坂上だよ」
「は?」
「僕は冴香とよく話す友人であって、冴香のことが好きな奴じゃない」
「じゃあ、この件に介入するのはおかしくないか?」
「人を脅しておいてよく言うよ。僕も君もまだ中学生だから捕まりはしないけどさ」
そう言うと中里はニヤッと笑っていた顔は真剣な顔つきに戻り、僕の胸ぐらを掴みあげながら言った。
「お前ナメるなよ。僕の姉さんはこの近辺を仕切ってる暴走団の総長なんだぞ」
「知ってたか。坂上の兄貴は警察官だ」
「へ?」
「そんな脅しも通用しないって言ってるんだよ」
中里は顔を青くしながら、僕に土下座して言った。
「こ、この1件どうか許してくれ!」
「うん。いいよ」
僕は即答した。どうせ、反省しているように見せて心の中は反省していないだろうと思っていたからだ。次、冴香に近づいた時が坂上に頼む時なんだろうと思い、今は中里と和解したように見せた。
茉莉姉さんや梨々花の事もあるのに、冴香の件、倒れた深雪さん、ランニング仲間の優香さん、僕の周りは女性だらけで、急な環境の変化にどうついて行くべきなのか、僕はただただ悩みに悩んでいた。
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