第25話

 家に着いてからだった。僕は自室に行きカバンをゆっくりとおろして着替えもせずにベッドに横たわった。欠伸をひとつして、そのまま目を瞑り寝ようとした時だった。


 バタンッッと大きな音を立てて走り込んできたのは茉莉姉さんだった。


「な、なに?!」

「お姉ちゃんを助けて!」


 いきなりのSOSに僕は驚くしかなかったが、その数秒後、なんの助けを求めていたのかすぐに分かった。

 梨々花が包丁を持ちながら、茉莉姉さんに向けて刃をチラつかせる。僕は落ち着かせようと、事情を聞くために梨々花に問いた。


「ど、どうしたの?」

「そこのアバズレを引き渡して」

「あ、アバズレってそんな言葉どこで覚えたの」

「いいから」


 梨々花の目はマジだった。本当に刺殺してしまうんじゃないかとドキドキしながらも、茉莉姉さんを庇っていると梨々花は急に泣き始め、包丁を床に落とす。


 僕は包丁をゆっくりと拾い上げて、キッチンに走り仕舞うと、すぐさま梨々花と茉莉姉さんの間に座り、話を聞き始めた。


「お姉ちゃんはいつもお兄ちゃんを独り占めにする」

「梨々花はいつも龍介くんのベッドにもぐって一緒に寝てるからいいじゃん!」

「寝ているお兄ちゃんより起きているお兄ちゃんの方が需要高いでしょ?!」

「う、うるさい!」

「でた、何も言い返せなくなったら、うるさいとかバカとかで返してくるボキャ貧高校生!」

「うるさいうるさい!」


 茉莉姉さんは小学生、それも低学年の子にも負ける語彙力の無さ、そして梨々花は歳に似合わないほどの語彙力の高さで完全に口喧嘩勝利していた。僕はどう止めるか迷っていると、茉莉姉さんは僕に引っ付いてきて、うるうるとした目つきで言った。


「この子怒ってよ!」


 いや、それは貴方のすることでは無いか?

 そう思ったが、心の中に留めておいて、俺はひとまず梨々花がこれ以上過ちを犯さないように、包丁を持つのはやめてもらえるよう説得をしようとした瞬間だった。ふと横を見ると梨々花の姿はなく嫌な予感がした。


 予感は的中していた。再び包丁を持ち歩き、次は自分の手首に刃を当ててリストカットをしようとしていた。僕は慌てて茉莉姉さんを引き剥がしながらリストカットをしないように説得した。


「そ、そんな自分傷つけることやめよう?!」

「うるさい。お兄ちゃんはお姉ちゃんのことが好きなんでしょ」

「ち、違うとも言えないし、えっと……」

「いいよ。私痛みで悲しさ忘れれるから」

「そ、そんなのダメだよ!」

「うるさい。もういいよ」


 メンヘラってこわっ!


 そう思っていると茉莉姉さんは立ち上がり梨々花の頬を殴った。


「いつまでもいつまでも成長しないで、龍介くんの困ることをする。最低な妹だね」

「は?」

「リストカットして、自分可哀想でしょアピ?」

「はぁ?!」

「私も黙ってないわよ。こんなめんどくさい女の私でも、あんたみたいな可哀想な人種じゃなくて良かった」

「このアバズレ。言いたい放題!」


 この喧嘩はいつまでも終わらなさそうな予感がしたので、僕は梨々花から包丁を預かりキッチンに戻し、2人を居間で喧嘩させるようにして、イヤフォンをグリグリッと耳の穴に押し込み自室のベッドで眠りについた。

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