第22話

 6時間目の授業がようやく終わり、時刻は4時半を過ぎた頃、みんなは帰宅するためにリュックなどを背負い教室を出て行った。


 僕と冴香は皆が出ていくまでの間、どうにか帰りの支度をしているように見せかけて教室に最後まで残り、時間を過ごしていた。僕達以外の最後の1人が教室を出終わった時、冴香は僕に向かって言った。


「みんな。帰ったね」

「う、うん」

「いこ?」

「本当にいいの?」

「うん。パ、お父さんとか夜まで帰ってこないし」

「分かった。行こう」


 僕は茉莉姉さんにあとから何を言われようが、梨々花ちゃんに何を言われようが、気にしないと覚悟を決めて冴香とともに学校を出た。


「こっち」


 冴香ちゃんの指示通りの道を進んでいると、ウキウキしながら歩き、楽しげな雰囲気を出す冴香に僕はただ喜んでくれるなら良いやと思っていた。数十分後のこと、冴香はここだよと指を指した。


「こ、ここ?」

「うんっ」


 冴香の指が指し示したのは、三階建ての豪華な家だった。僕は少し緊張しながら冴香の開けた玄関から入る。


 靴箱はとても大きく、客人用と思えるスリッパはフカフカ素材の、一般人じゃ使えないような代物だった。僕は疑問に思ったことを冴香にぶつけた。


「さ、冴香ちゃんのお父さんって何をしている人?」

「ん。弁護士だよ」

「へ、へぇ……」


 弁護士ならこの家くらい建てれるんだろうなとどこか腑に落ちた。僕は周りをキョロキョロしながら家を見渡していたが、緊張してスリッパの置かれていたところから動けずに居た。それを見た冴香は、僕の手を引っ張りながら家の中へと引き込む。


「こっち!」

「あ、うん」


 連れていかれたのはいかにも女の子女の子している部屋、可愛らしいぬいぐるみが置かれていたり、今女の子たちに人気のモデルさんの壁紙が貼られていた。


 すると冴香は忙しげに何かを隠し始めた。僕は見てはいけないと思いつつも、見える場所を探しながら少し身体を動かすと、冴香はぬいぐるみをしまっていた。


「あ、あの」

「へ?!」

「ぬいぐるみ……」

「……な、ないよ?」

「え、でも」

「……私さ、人付き合いとか苦手でクラスでも浮いちゃってさ」


 冴香は唐突に僕に悩みをぶつけてきてくれた。信頼してくれているんだろうなと少し嬉しさが湧いてきていた。静かに冴香の話を聞こうと、座っても良さそうな場所を探して正座をする。


 すると冴香は察したのか話を続けた。


「で、それでさ。そんときに龍介くん話しかけてきてくれたじゃん」

「え?」

「え、覚えてない?」

「ご、ごめん」

「いや、いいんだけどね」

「もしかしてさ、入学式の時に教師にぬいぐるみ取られた子?」

「今思い出すのやめてよ……」

「あれ、冴香ちゃんだったんだね」


 僕と冴香の繋がりは約2年前の中学入学式の時だった。

 その時の僕は冴香だとは知らなかったが、入学式の際にぬいぐるみを抱きかかえながら、うるうるとした目で教師と話す子が居た。その子は小学生の頃からぬいぐるみが無ければ、誰とも話せないという特殊な子だった。


 教師にぬいぐるみを取られて、何も声を出せなかった時、僕は教師を後ろから襲うような形でぬいぐるみを取り返し、その後教師とチェイスをするというあってはならないことをしていた。


 その後、冴香と教師は和解、僕もお咎めなしという結果に終わった。そこから冴香と僕は徐々に話すようになっていった。


 そう思い出を振り返っていると、冴香に呼ばれていることに気が付かなく、肩をゆらされ気づく。


「ね、聞いてる?」

「あ、ごめんごめん」

「あのさ、龍介くん今好きな人いる?」

「おー、急にぶっ込んでくるね」

「さ、坂上の件もあったし、上手く聞く方法なくて」

「好きって言うのがどんなものなのか、僕は分からないし、なんせまだ中学生だしね!」

「そ、そう……」


 冴香は少し悲しげな顔をしつつも、数秒後には笑って見せた。


「さ、勉強しよっ?!」

「あ、うん」


 冴香はミニテーブルを出して、勉強をしやすいようにセッティングしてくれた。僕は勉強道具を出し、冴香とともに勉強を始めた。

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