第6話

 机に突っ伏してから何分経ったのか分からないが僕は目を覚ました。するとちょうどタイミングよく1時間目の授業が始まるところだった。

 ガラガラッと扉が開き、教師が教科書などを置き始めて授業の挨拶がされる。


「さて、君らは受験生へと変わっていく。今日からビシバシ厳しく行くから宜しくな」


 受験だということをごたごたが起きてしまって忘れていた。僕は今日から出来る限りの力を使って授業に、そして黒板から目を離さないように教師の授業内容を言葉ひとつ聞き落とさないように集中していると、後ろから冴香が声をかけてくる。


「落としたよ」

「あっごめん。ありがとう」


 消しゴムをどうやら落としていたようで、冴香はそれを拾ってくれていた。僕は有難く受け取ろうと冴香の手に触れると、冴香は大きな声を上げた。


「ひゃっ!!」

「おー。どうしたー?」

「あ、すみません。なんでもないです」


 冴香は顔を赤くしながら、僕の机に消しゴムを置いて顔を突っ伏した。


 すると教師は冴香に言った。


「なんだ。恋か〜?」

「ち、違いますよ!」


 いつもクールな冴香が、かなりの焦りようを見せることに周りのみんなは驚くどころか、むしろ可愛すぎるが故に男子は叫びを上げ、女子は嫉妬の嵐に包まれていた。


 僕はただ冴香が変だと思い、純粋に保健室へ連れていこうとすると、冴香は僕に届く程度の声で「大丈夫だから」と言った。


 最近自分の周りで変わった出来事が巻き起こることに疲れ果ててしまい、その日一切授業に集中出来ず夕方を迎えて部活の時間になってしまっていた。


「おつかれー」

「おー。龍介どしたん?」

「おー。坂上さかがみ早いなー」

「俺も今年は全国狙ってるからな!」

「そかそか」


 坂上は僕と同じ学年でクラスは別々なのだが、昔からのライバルだ。でもライバルだけど、遊ぶ時は別でとても仲がいい親友だ。


 そんな坂上は僕の異変にいち早く気づいてくれる良い友達だった。


「お前どうしたんだよ。元気ねーな。倶楽部の方でなんかあったんか?」

「坂上ほんとそういうとこすぐ気づくよな」

「お前の親友だからな」

「照れくせーこと言うなよ。とりあえず倶楽部は数日休むわ。部活には顔出すから」

「おーよ。監督にも伝えておくわ」


 坂上はとても優しい。そして僕だけは知っている。坂上は冴香の事が好きだということ。


 坂上が恋を達成した時は絶対応援、そして祝福してやると決めて、今日の部活に打ち込んだ。


「さぁやるぞー」

「はい!」


 道場内を少し走り、その後基本的な練習をした後に組手の練習や乱取りを終えて、気づけば学校から帰らなければいけない午後18時を迎えていた。


「さぁ練習終わりだ。帰れ帰れ!」

「ありがとうございましたぁっ!」


 一同の挨拶が終わり、着替えを済まして学校から出ると、坂上が後ろから追いかけてくる。


「おつかれー!」

「坂上おつかれっ!」

「また明日な〜!」


 坂上は練習後なのに走りながら帰って行った。あれが坂上の強さなんだろうなと思い老けながら帰ろうとした時だった。


 後ろから誰かが僕を抱きしめてくる。


「うぇっ?!」

「遅いよ。お兄ちゃん」

「梨々花ちゃん?!」

「見てほら。お兄ちゃん帰ってこなくて怖くて怖くて梨々花リスカしちゃった。お兄ちゃんのせいだからね。私を大事にしてね?」

「え、あ、うん。ご、ごめん」


 この瞬間僕は中学生ながら理解した。


 所謂梨々花ちゃんは【メンヘラ】というやつなのだと。


 これからどうしよう。

 梨々花ちゃんが自分を傷つけてしまっている間僕はどこにもいけないんじゃないか。そんな不安でいっぱいになりながら梨々花ちゃんを連れて帰った。


 母の再婚を許したのは本当に正しかったのか不安が僕を襲ったまま、また1日が過ぎた。明日からは土日を挟む。


 どんな休日になるのかすごくすごく不安でいっぱいだった。

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