7話・さよなら、再び(アゲイン)




今日は大好きな先輩方の、卒業式。

そんな日くらいは、きちんとした服装で出掛けよう。




宝条直の朝は、早くもなく遅くも無い。

しっかりと支度を終え、のんびりと朝食を取る時間を確保出来る……最適なタイムスケジュールだ。

しかし今日に限っては、朝食を急いで掻き込まなければならない状況を迫られるくらいに、とある事柄で時を要していた。


「うーん、やっぱり今日は……制服を着た方が良いかなぁ?」


かれこれ30分程、目の前に掛けられた自身の制服を見つめている。

浜中中学校に入学してからの一年間で、直が制服を着たのは入学初日のみ。

小柄なためにサイズが合っていないのもあるが『僕には制服が似合わない』と言う、直の根底からの思い込みがあり、どうしても今まで着る気にはなれなかった。

それでも今日くらいは…と前向きな気持ちを持つことが出来たのは、直の大好きな先輩達のおかげであろう。

朔夜、李安、怜時のLPGのメンバー。そしてそこでの活動を通して知り合った、文子と実秋……3年生の門出を祝いたい。

そのためには、自分も一歩踏み出すんだ、と。

直は、漸く制服を手に取った。




「それでは、いってきます」

「いってらっしゃい、直。気を付けてね」

「はい!」


本人の心配を余所に、直の久々の制服姿を父母は大層褒めてくれた。それでも直の意固地な考えが変わる訳では無いのだが、例え世辞だとしても『似合う』と言ってくれる人が居ると言うことで……少しばかり気分が晴れた。

実は直は、宝条家の実子では無い。

直の実母はシングルマザーであったが、頼れる身内の居ない中での子育てに困窮し……所謂ネグレクト状態になってしまった。

それでも彼女はまだ良心のある方で、ある日幼い直を連れて関係機関へと駆け込んだことをきっかけに、児童養護施設への入所後暫くして宝条家に引き取られる手筈となり、今の生活がある。

宝条の両親は、とても優しい人だ。

直の義兄にあたる実子が居ても勿論差別することなく、分け隔てなく愛情を注いでくれている。その兄も今は数年前から全寮制の学校に通っていて、たまにしか顔を合わせることは無いのだが。

それでも。直はどうしても自身が養子であることを引け目に感じ、遠慮がちの態度になってしまっている。

顕著にそれを表しているのが、未だに家族に対しても敬語で接していることだ。

そのことを宝条家の面々は少し寂しいと思いながらも、変わらず直のことを愛し続けるのだった。


4月並みの暖かさだと言う青空の下、直はいつもの通学路を歩く。

今日は卒業式なので授業は無く、一旦自分のクラスに集まり担任の話を聞いてから、体育館への移動となるようだ。

そう言えば、卒業式の練習には一度も参加していなかった神は、本番である今日は学校に来るのだろうか。

基本不登校である神の登校日は、本当に気紛れだ。朔夜が卒業し居なくなる4月からは、新三年生である神が一応LPGのリーダーとなる。

そこでふと、直は新生徒会長・金住友柄かなすみともえとの初顔合わせのときを思い出す。前期生徒会長の哲の後釜である彼は、一言で表すならば哲信者だ。

それまで生徒会には一切興味が無かったらしいが、哲が生徒会長として挙げた数々の功績に大変感銘を受け、迷わず次期生徒会長へと立候補し当選したくらいだ。

見た目こそ地毛の茶髪を肩上で切り揃え、何故か常に迷彩柄のヘアバンドを額に身に付けた少し変わった格好をしているが……中身は真面目で頑固。信じ込んだら一点集中。

つまり、神とは性格が全く合わない。

初対面だと言うのに、第一印象だけで罵り合い始めたときには同席していた朔夜も哲も、慌てて互いの後輩を止めに入っていた。

その後LPGの活動拠点に帰って来た際に、直が朔夜に小声で言った『大河内を頼む…』の台詞は、それはもう真剣な表情だった。


「新しい生徒会長さんも、悪い人では無さそうだけどなぁ…」


ま、何とかなるだろう。

そう思いながら直は、いつの間にか到着していた中学校の門をくぐった。




‐‐——


全校生徒の集合した体育館の中で、出席番号順に整列した直は見知った顔を探してみる。

まずは隣に居る、二年生。

『大河内』なので前の方を見渡してみると、そこには目立った灰色の髪。どうやら今日は登校日だったらしい。

いつものように背中に相棒である箒を括り付けている。直の位置からではその表情までは確認出来ないが、恐らく彼女には退屈であろうこの時間だ。面倒そうな顔なのだろう。

次は、意識して目を向けた訳では無い。たまたま視界に入っただけであるが……神とよく似た髪色の少年が居た。社誠里だ。

確か、ある日突然LPGの集まる教室へと現れて……決闘を神に申し込み求婚していた人物だった筈だ。

勝負の決着がどうなったのか直は知らないが、その後も時々神を口説いている姿を見掛け、相も変わらずあしらわれているので上手くは行かなかったのだと思われる。

神とは逆に『社』なので、直の居る場所からは横顔を見ることが出来たのだが。何となく目が合い、微笑まれた気がした。


今度は、前に居る三年生の方を見る。

とは言え……身長が平均より下である直からはなかなか見える人物が居らず、早々に諦める。

そうこうしている内に式が開始したため、目の前に見えるステージに集中することにした。




全卒業生の卒業証書の授与、哲による答辞など……プログラムは滞りなく終わり、いよいよ卒業生が体育館から退場する。

浜中中学校ではその際に体育館の出入り口で一年生が待機し、卒業生一人一人に手作りのコサージュを付けて送ると言う風習があった。なので先に退場し外で準備をして待っていた直は、付けたい先輩の姿を探す。

絵の得意な直の作ったコサージュは、彼が芙蓉祭で披露したぬいぐるみの数々をイメージした、とても可愛らしい物だ。

前は目立つ金色の髪だったが、今は受験のために染色したらしい黒髪のままなので、なかなか見つけ辛い。それでも漸く目当ての人物を視界に入れた直は。


「小野寺先輩!」


大きな声で彼の名を呼び、駆け寄った。そのときに、まだ胸に誰かのコサージュが付いていないことを確認しながら。


「良かったです!これ、先輩に渡せたらと思って作ってしまったので……本当は、特定の先輩に向けて作るのは駄目だったらしいですが」


えへっ、と少し舌を出して笑った直は小さな体をつま先立ちで伸ばし、懸命に朔夜の胸にコサージュを付ける。

朔夜を探すのに夢中になっていたせいか……そこには李安と怜時の姿もあることに直が気が付いたのは、何とか不格好ながらも朔夜にコサージュを付け終わってからだった。二人の胸には既に誰かの手作りであろうコサージュが付いていたので、朔夜が空いていて良かったと直は思う。

と、ここで。何故か直の姿を認識しつつも、今の今まで全く言葉を発していなかった三人の内、偶然だが朔夜が代表して、漸く発言をすることとなった。


「ほ、宝条……お前、女子だったのかよ!!」


彼らは、入学式の彼女の姿を知らない。

それ故に。普段のフード付きのパーカーと膝丈の半ズボンな格好、一人称の『僕』、『直』と言う男女どちらでも使われる名前から、全員すっかり男子生徒だと思い込んでいたのだった。


「ちょっと、朔夜!アンタそれ、口に出しちゃ駄目じゃない!!」


流石の直も、性別を勘違いされていたと知ったら悲しむだろうと……時既に遅しだが李安が小声で制するものの。


「えーだって、この見た目じゃ女の子だって思えなくないー?」


間の抜けた正直者が、完全に台無しにした。


「こんのバカ怜時!!!」

「ちょっとー痛いんだけどー。バカ力李安ー」

「うるさいっ!!!」


こうして、晴れの日だと言うのにいつもと変わらぬやり取りを始めた李安と怜時を横目に。朔夜は気まずそうに単語にすらならない声を漏らす。


「大丈夫ですよ。スカートが似合わないこと、僕が一番分かってるので」

「あ、いや……別に、似合ってねぇ訳じゃ…」

「いいんです。それよりも、折角だから大河内先輩にもこのコサージュを見てもらいましょう!卒業式に参加してるの、確認しましたから!」

「え?あっ、お、おう…!」


悲しさなんて微塵も感じさせない、普段通りの笑顔を向け朔夜の手を引っ張る直。朔夜は困惑しながらも、別に男だろうが女だろうが宝条は宝条か…と思い直し、もう一度制服姿の彼女に視線を移す。

初めて会ったときに比べて、立派になった背中。ミナモに会うまでは後輩と言うものに縁の無かった朔夜だったが、こうして二人の後輩と関わることが出来て嬉しかった。


「あっ、大河内先輩居た!これ見て下さい!小野寺先輩の付けてるコサージュ、僕が作ったんですよ!!」

「あ?何だよいきなり……って、宝条てめー女だったのかよ!!」

「ほらー神ちゃんだって、直のこと男の子だと思ってたしー」

「だから余計なこと言わなくていいんだって、アンタはもう!!」


いつの間にかついて来ていた李安と怜時も加わり、LPGのメンバーが揃った。と言っても、この五人で居るのは今日が最後なのだが。


それは、前々生徒会長・美芳野ミナモから始まった。

生徒会室の真下、常に鍵が掛かり黒いカーテンで窓も扉も覆われた、無名の教室を拠点としている。委員会でもない、部活でもない。

何処か学校に馴染めていないそんな少年少女達が集まり、生徒会に来た依頼を秘密裏に解決する……一般生徒には知られていない、謎の集団。

『Life Protect Group』略して『LPG』。

彼らの活動は、メンバーが変わってもいつまでも続いて行くのだった。




終わり。

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LPG 水無月仁久 @aqua_suzume

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